細い歩道に向き合ったまま睨みあい。

横の細い道にはヤクザもんの車だとかタクシーが行き交う。

通る人は変な雰囲気を出しとるうちらを眺めて通る。


そんなとき男は口を開いた。

それと同時に真っ黒な曇ってた夜の空から雨が落ちてきた。


「何のことや。関係ない。」


そう呟いた。


「次、家族に何かあったらわたしはあんたを殺す。覚えとき。」


そう言って背中を見せて去った。


そして翔太のもとへ帰った。



これで終わったとは思えない。

あれだけのことをされて、仕返ししとる。

わたしの脅しでおさまる相手ではない。


でも翔太には相談できない。

あの日のことは秘密だから。


不安なわたしを翔太は何も知らず抱きしめてくれとった。
次の日、叔母と母親と洋介くんに連絡した。

店の近くにあの男がおったこと。


叔母はそんなことやないかって思っとったらしい。

母親も。


洋介くんは


「あいつまだ懲りてへんかったんか…。」


そう言ってた。

そして洋介くんはその日、男の会社に乗り込んだ。


スーツ着て茶髪の襟足長めのいかにもホストっぽい格好で。

ホストではないんだけど…。


そして釘刺したらしい。

FAX流すぞって脅しまで入れて。



これで終わりや。

誰もが思った。



でも違った。

数日後から毎日、店に無言電話、叔母の携帯に無言電話。

番号を調べたらプリペイド携帯やった。


そして叔母は探偵を雇った。

これ以上洋介くんに罪をかぶせないために。

これを知ったらきっと洋介くんはまた出て行く。

あの男のところへ。

さすがにもうキレる頃。

暴力沙汰を起こす気しかみんなしない。


そして探偵は男を徹底マークしてくれた。

案の定、毎日店の近くに来て携帯をいじっていた。

男が電話かけてるときには店か叔母の携帯に無言電話。

そして店の前に生ゴミをまくということを探偵を雇ってるときにして、バッチリ写真が撮れた。


探偵が念書を持って男のところへ行った。


これでやっと男と決着がついた。

やっぱり身内だけじゃ頭が悪すぎて解決出来ひんかったらしい。

法律を出すなんて…考えもせんかった。


これでこの男とは二度と会うこともなかった。

こんなあっさり解決するなら最初からすればよかったとこのことを知ってる叔母と母親とわたしは思った。

今は笑い話や。


でも男は母親を襲ったのは完全に否定した。

通り魔やろうってうちらは今でも思っとる。

そしてこの復讐劇を翔太は未だに知らない。
あの事件が終わり、平穏な時間が流れた。

腕が復活した母親、そのお陰でやっとスナックから抜けれた。

叔母はおってほしいて言うとったけど。

若い子1人おるだけで華があるとか言うて。

もちろんシカトしたし、もう行くわけがない。

朝から夜中まではキツい。


わたしは相変わらず翔太と一緒におる。

たまにケンカはするけど仲良し。


ソファーで肩を寄せ合って座ったり。

たまに一緒に料理したり。

翔太と付き合ってるのは中山さんしか言ってなかった。

あの飲み会が縁で付き合ったなんて知られたくなくて。

翔太は社員の人には誰にも言うてないらしい。


そんな職場、わたしは辞めた。

バイトだったし辞めるのに止められることはなかった。


そしてわたしはデータ入力、電話応対のバイトを始めた。

時給は1000円。

時間は10時~6時半まで。

前のとこよりお金も時間もいいけど前の方がそりゃ楽しかった…。

でもワガママは言えない。

こっちは土日が休み。


そう、翔太と休みが同じ。

これでほとんど一緒にいれた。


うちらはほんまに依存しあっとった。



土日は京都をブラリ旅してみたり、たまには旅行に行ったり。

映画見たり、家でまったりしとったり。


一緒におれる時間が長くなってほんま嬉しかった。


前から貯金しとったお金で自動車学校にも行った。

3ヶ月くらいで免許を取得も出来た。


翔太の車を運転…させてもらえへんかったけど…。

翔太と同棲を始めて1年くらい。


異変があった。


そう、順調に今まで来てた生理がこない。
避妊を毎回しとったってわけやない。

わたしは薬局の簡単に出来る検査を仕事帰りに買ってやってみた。

まだ翔太は帰ってへんかったから1人で。


前に志穂たちが来たときに洗うのめんどいからって買っとったプラスチックのコップ。

尿検査とかによく使うやつ。

それに自分の尿をためてつけた。


2つの窓に…2つとも印がついた。


それが言うとること、それは【陽性】やってこと。



わたしの中に赤ちゃんがおる…。


それに気付いたのはまだまだ暑い8月の終わりやった。
信じられへん。

自分が親になるなんて。

24歳で母親。

そんな早いってわけやない。


でも自分が母親になれる資格があるんやろかって考えとった。


そんなとき玄関から物音がした。

翔太が帰ってきた。


わたしは考え事ばっかしとって買い物してきとったのにゴハン作るのをすっかり忘れとった…。

翔太はおなかすかせて帰ってきとるというのに…。

最低や、自分のことしか考えてへん。



「ただいま、どうしたん?具合でも悪いんか??」


座ってボーッとしてるわたしに翔太は心配したかのように言うた。


「ごめん、今から用意するから!!」


そう言って立ち上がった。

その時翔太は見つけた。


「里美、コレ…妊娠検査やろ?もしかして…里美…」


どうしよう、ここで拒否られたら。

翔太やってもしかしたらまだ結婚したくないかもしれん。


でも嘘はつけん。

ドキドキしながら言った。


「病院行かなハッキリはわからんけど…陽性って出た。」


ボソリと言った。

翔太を見らず。


何でこのとき翔太が拒否るなんて思ったんやろ。

翔太はそんな人やないのに。


「まじで!?里美ありがと!!」


そう言って嬉しそうに翔太はわたしをギュっと抱きしめた。

嬉しくて涙が出た。


わたしに家族が出来るんやって。
この日はお祝いやって言う翔太の言葉で外食することにした。

わたしの大好きなカニクリームコロッケを洋食屋さんに食べに行った。

美味しかった。

というより幸せすぎて何でもノドを通る気がした。

でも1つだけ通らないものがあった。


それはタバコ。

おなかの子のことを考えるとタバコなんて絶対吸いたくなくなった。

何でわたし、今まで吸ってたんやろ…って後悔までした。


あとお酒ももちろんやめた。

毎日しとった晩酌だけど嫌々やなく進んで辞めれた。


そんなわたしを翔太は褒めてくれて、翔太は絶対わたしの前じゃ飲まないし、タバコも吸わないって約束してくれた。


こんなええ旦那が出来てええんやろか??

幸せに満ちとった。


人生の設計図のパズルが解け始めとった。


でも…この先粉々にされてしまうということをわたしはまだ知らない。

わたしの人生、そううまくいくもんやないってまた気付かされる。
土曜日、翔太と一緒に産婦人科に行った。


妊娠2ヶ月やった。


エコーで見た。


先生に大きさとか聞いて、自分の中にこんな小さな命がいるんやって実感した。


絶対に守りたいって思った。


命にかえたって。