「死にたい」って本気で思った。
食べれない食べ物。
でもわたしに許されてるのは金を稼ぐこと。
死ぬなんて許されへん。
仕事するしかなかった。
どんなに死にたくても死ねなかった。
終わりがあるのだろうか、本当に。
先が見えないことがすごくこわかった。
心臓が止まればええのに…もう未来なんていらないから。
いや、きっとわたしに未来はない。
止まってしまったって全然ええかもしれん。
こんなことばっかり考えとった。
他にもこわいことがあった。
ソープをしてることを友達に知られること。
でもこれがきっかけでわたしはこの生活から抜けれることになる。
どこで聞いたのか、どっから仕入れてきたのかわからん。
たまに連絡してはきてたけどこの日、志穂からの連絡は異常だった。
猛も鈴も義孝も譲二も。
わたしは志穂からまたかかってきた電話に出た。
「なぁ、里美。今日会えへん?」
会いたくなかった。
作り笑いしか出来へんから志穂には見抜かれるってわかってたし。
でも志穂はこの日、引くということを知らないかのように会うと言い続けた。
あまりの迫力にわたしは夜、会うことにした。
志穂だけや思ってた待ち合わせした店には猛と鈴と譲二と義孝もおった。
「里美、ほんとのこと言って?あんた…風俗おるってほんまなん??」
志穂は泣きそうな顔でわたしに聞いた。
わたしはその瞬間、我慢していたものがすべて溢れた。
発狂したように狂ってしまった。
それを志穂も泣きながら撫でてくれた。
鈴はずっと泣いとった。
猛はバカや…とずっと言ってた。
でも誰1人わたしを見捨てる人はおらんかった。
わたしが今、生きてるのは彼ら、彼女らがいたからって思う。
支えてくれてたものは友達だった。
こっちに来る前、友達なんて1人もおらんかった。
いらんって思ってた。
でもこんなわたしを支えてくれて、信じてくれる仲間が出来たことはわたしの誇りだと今でも思う。
そしてこの話はどっから流れたのかわからんけど洋介くんに数日後かに知れ渡った。
そして全てを知った洋介くんが知ったのはヤスさんはスカウトでもなんでもなくただのヤクザだったってこと。
そして借金なんてなくってただ、わたしを利用してたってこと。
洋介くんにはチカラなんて全くなくってそれを知るだけで危ない橋をいっぱい渡ってくれた。
そして初めて見た。
洋介くんの涙を。
「里美…もう辞め。お前の笑顔…ずっと見てへんねん。おかしいって思っとたんよ。もう辞め。」
それは初めて学校に言った日、言われた言葉と同じ。
”笑顔みてへんねん。”
もしかしてまた…始められるんかなって思ったりもした。
そしてわたしはヤスさんに話した。
全部知ってるってことを。
そして泣きながら、そして土下座しながらこのレールから降ろしてくださいって言った。
最初はヤクザらしく殴られたり、蹴られたり、罵声を浴びせられたものの、折れないわたしに
「俺は強制した覚えはない。最初から金づるだと思ってた。」
と言われた。
冷たく。
あっけなく捨てられた。
ヤスさんのために頑張ったのにほんとに呆気なく。
ようやくわたしは2年弱のソープ嬢生活を終えた。
それは長い、長い、そして絶望を感じた日々だった。
わたしの心の傷っていうのは店を辞めたってだけで治るような軽いもんやなかった。
騙されてたってこともある。
そしてただ汚れていったことだって。
書けないようなひどいことはわんさかある。
辞めてからは”睡眠薬、ほんとにたくさん飲んだら死ぬんやろか?”とかいう考えだった。
今更、綺麗に人生を歩くなんてわたしには出来んって思ってた。
だから薬を飲んだりした。
でも死ねなかった。
頭が痛いってのが続いただけ。
わたしにはまだ太陽の光なんてあたってなかった。
なにか黒いものが覆い被さってた。
みんなは学校行ってまともな道歩いとる。
何やってたんやろ、今まで。
悔しくて涙が止まらなかった。
それを志穂に電話でぶちまけた。
志穂は黙って聞いてくれた。
そして死ぬことを考えたって言ったとき志穂は
「またそんなことするとき、わたしの顔思い浮かべてくれる?これだけはお願いするわ。」
と冷たく言った。
そしてまた死にたいという観念に襲われ、手首を切ろうとした。
でも志穂の顔なんて思い浮かべたら出来るわけがなかった。
「出来ひんかったわ。」
そう言うと志穂は泣き崩れて言った。
「里美…しっかりしてや…。わたしの知っとる里美はこんなんやない。」
って。
まだ眠れない日々が続いた。
母親と裕太は寝てたけどわたしは窓を見ながら1日中起きとった。
開けていく空が眩しいはずなのに眩しさを感じることができなかった。
きっと心があまりに暗いから光が太陽くらいじゃ足りなかったんだ。
わたしのこれからの行方が見えなかった。
きっとこのままのたれ死んでしまうんやないかなって思った。
それもええかなって思った。
でもこのときのわたしを助けた人は意外にも意外、あの人やった。
「里美、ゴメンな。わたしら、里美に黙っとることがあるんよ。落ち着いて聞いてくれる?」
わたしが久々に志穂に呼び出されたとき言われた。
志穂は美容室に就職も決まって前よりも相当綺麗になっとった。
それに比べてわたしは痩せてしまってみっともなかった。
「黙っとること?もう何があってもわたし驚かんと思うで?」
笑いながら言うわたしに志穂は苦笑いしながら言った。
「あんな、里美が風俗しとるの見つけたの、ウィルやねん。」
「ウィル?へぇ…。元気しとるん??」
わたしは動揺したけどそれを隠した。
この頃のわたしは男がこわくてたまらんかった。
付き合って好きや思った男、全てから捨てられているわたし。
もう恋に臆病になっとった。
「元気しとる。今はうちら、和解しとんねん。普通に会ったりしとる。あいつ、今大学生なんよ。1年遅れて今大学1年らしい。」
「へぇ、そうなんや。結婚生活はうまくいっとるん??」
「いや、結婚最初からしてへんらしい。妊娠してたのはほんまらしいけど、子ども産んでへんって。」
「…中絶したんだ。」
「…してへんかったらしい、妊娠。」
「そっかー…でも元気しとるんやったらよかったわ。でもなんでウィルはわたしを見つけたん??」
「そこ行って店で写真見てたら里美がおったらしい。里美はそんとき客についとったから指名できひんやったって言うとった。」
「そら恥ずかしいな…。」
「会ってみる?」
「いや、ええわ。元気って知れただけでもう充分や。」
「そうだよね。わかった。」
これでわたしらの会話は終わった。
ウィルに会いたいって気持ちがないわけではない。
久々に会ってまた話してみたい。
恋愛感情はなくっても。
でも、あの汚い時代を知ってるんなら恥ずかしくて会うとかできん。
あの、明るくよう笑ってた元気な時代のわたしのまま記憶しとってほしかった。
だけどその日は突然やった。
志穂と2人でアイス食べに行ったとき、猛からの連絡があって合流することに。
何も考えてへんやったけどそこにはウィルがおった。
猛はわたしがおるって知らんくて、志穂はウィルがおるって知らんかった。
ウィルはちょっと髪が短くなって、相変わらず背高くて外人みたいな顔しとった。
前よりもっとかっこよくなっとった。
ウィルは何もしらんかったくせに驚いた顔1つせんで
「里美か!?お前ほんまバカなことしやがってー!!」
と言っていきなりタックルをかましてきた。
わたしはポーンと吹っ飛んで倒れかけた。
「何すんねん!このアホ!!!」
「アホはどっちやねん!!このドアホ!!」
「ウィルには関係ないわ!!ほっとけこのアホ!」
「お前…関係ないは言い過ぎやー!!!」
そう言ってわたしの髪をグシャグシャにしてきた。
それを志穂と猛は呆れた顔して眺めとった。
後から
「小学生より始末に負えんわ。」
とボソッと猛の呟く声が聞こえた。
3年ぶりに会ったウィルの中身は全く変わっとらんかった。
ハイテンションでよく喋り、よく笑う。
変わったのは服装が前より綺麗になったってとこくらい。
昔みたいに古着じゃなかった。
会いたくないって思っとったけど会ったんならしょうがない。
ということでうちらは久々に4人で遊びに行くことになった。
「俺、駐車場に車置いとるから。」
というウィルの提案でドライブに行った。
気付かなかったけどみんなわたし以外は免許を取得していた。
わたしだけがみんなより何歩も遅れとること、また気付かされた。
免許なんて考えもせんかった。
2月ということもあり、車の中は暖房がきいていた。
前はどんなに寒くても原付だったのに。
こんな思い出ばっかり思い出すのってもうわたしくらいだよね?とか思った。
みんなどんどん大人になってってた。
着いたところは冬に来るところじゃなだろう…と誰でも思うような海だった。
「海て…お前のセンス疑うわ。」
と猛も言ってた。
その海でウィルはわたしを思いっきり海の中で押し倒した。
自分もビショ濡れになりながら。
「もう頭冷やしたか?変な男にはもう引っかかるんやないで。次あったらもっと沖に寒いとき沈めたる!!」
と言った。
「あんたも変な男の中に入っとるわ…。」
そう言って押し倒されたままウィルの手をグイッと引きウィルを逆に沈めてやった。
「アハハ!!ざまみろ!!」
この日、わたしは久しぶりに心から笑った。
それは意外にもわたしをどん底に落としたうちの1人、ウィルによって。
ウィルはやっぱり太陽みたいな存在みたいやった。