辞めたいと伝えたのはそれからすぐだった。

怒鳴られるのも、体力がキツいのもなんとか乗り越えられた。だけど、それが乗り越えられたからこそ、この事は乗り越えられなかった。
鰐渕さんの存在が大きくなりすぎていたのだ。

奈津美さんが変に思うだろうけど、多分もう関わる事はないだろうからもういいやと途中で考えることを放棄して私は鰐渕さんに向き合っていた。

「…なんでだ?」

あんたのせいだとは言えず、

「もう無理です、私」

と投げやりに答える。
用意していた言葉はあったけど、鰐渕さんの厳しい瞳にぶつかったら何も出てこなかった。

「おまえな」

はぁ、とため息をつく鰐渕さんに、いたたまれなくなってきて、逃げ出したくなる。

「引き抜きか?」

「なわけないでしょう」

まだ三年目のペーペーだ。

「自分の店、持ちたいんじゃなかったのか」

面接時に、そんな事語った自分が痛い。

「向いてないんです」

意地を張るように答える自分がどんどん嫌いになって、泣かないように拳を握った。



「辞めるなよ」



鰐渕さんが、怒ったように言う。