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「俺のな、実家は和菓子屋なんだ」
閉店した厨房で灰になったみたいに座り込んでいると、鰐渕さんがツカツカと歩いてきた。
「….和菓子屋さん、ですか」
「ああ、定番商品ばっかりの古い和菓子屋でな。毎日くる常連が毎日毎日同じの食ってて、飽きないのかずっと疑問だった」
鰐渕さんが、懐かしむように目を細める。
「ある日聞いたんだ、飽きないのかって。したらさ、その常連な、飽きたって笑うんだぜ」
クスクスと笑う鰐渕さんは普段と違って柔らかい。
「なんだそれ、って思うだろ?それからな、その常連は『だけど、食わないと落ち着かん』って。同じ種類の和菓子は量販店に並んでんのに、うちのじゃないと駄目なんて不思議でさ。でも誇らしかった。生活の一部になるような菓子を作れる親が。この店が新作をあんま出さねーのはそんな理由。勿論、田舎でやってる訳じゃねーんだからこの店では新作も出すけど」
いつの間にか視線を合わせた鰐渕さんは優しい目をしていて、胸が動いた。
「派手じゃなくてもいいんだよ。新しくなくても。作り続けられる菓子を作れば。おまえさ、多分出来るよ。そんなパティシエールだ」
ずるい、と思った。めちゃくちゃかっこいいじゃんか、オーナー。
鰐渕さんは私の頬をムニっとつねると「アホヅラしてねーで早く動け」といつもの厳しい表情に戻る。
鰐渕さんの一面に触れられた気がして、私は動揺を隠すように顔を隠した。