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「若咲、後で来い。」


鰐淵さんが相変わらず端的な口調で声をかける。
JOUJOUに入って3年が過ぎる頃、仕事にも慣れて鰐淵さんの愛想のない口調にも耳が慣れたのか聞き分けがつくようになっていた。

例えば、自主的な残業には、お疲れ様も頑張れも言わない。好きにしろ、と一言だけ。労う事よりも認める事が鰐渕さんのポリシーなんじゃないかと思う。
いつでも頼れるという安心感を持たせない様に突き放すのに、本当に悩んだ時にはさり気ない一言をくれる。

今年は去年パティシエが独立したから一人新規採用で男の子が入った。鰐渕さんの悪言に悪戦苦闘する姿を見ると私の入り立ての頃にだぶって見えて、薄く笑う。

勿論、イベント時や仕事終わりは「お疲れ様」だって言うし、労いの言葉もかけるけどね。
まだまだ新米の私は何度も失敗したり迷惑かけたけれど、いつの間にか『この人に認められたい』と背中を追っていた。


初めの、苦手な印象はいくらか追い払われて鰐淵さんの仕事へのスタイルに今では一番尊敬出来る人になっていた。