卒業式の日もあげはとは会話もしなかった。
中原と今の親と一緒にいるところだけを見た。
中原はもうフランスに行くという連絡が本人からきた。
今日は、3月14日ホワイトデーだ。
オレはあげはに電話をかけた。
繋がってくれ。
10回程、コール音が鳴った後に、
「はい…」
あげはの声が聞こえた。
「あげはか?」
「うん」
久々に聞いたあげはの声だった。
「あのな、今日、ホワイトデーだろ」
「うん」
「お返しをしたいんだ。今日、会えないか?」
返事をもらうまでの数分、それが何時間にも感じられた。
「先生と出かけるから何時に帰ってくるかわからないよ」
「それでも良い。ずっと待ってるから。あの公園に来てくれ」
指定した場所は、オレ達が最初にデートをした所だ。
家から近い場所だったけど。
あげはとちゃんとしたデートをした場所だ。
あげははずっとニコニコしていた。
作って来てくれた弁当が美味くて驚いた。
「遠足みたいだねぇ」
と言ったあげはと笑い合ったこと、
あげはが知らない子供たちと遊び始めてそれにオレも混じって遊んだ。
砂場で遊んだのなんて何年ぶりだっただろうか。
あの日だけは、愛里香のことを忘れられた。
あの日にオレはあげはを好きになったのに
今まで何をしていたんだろう。
もっとあげはとの時間を大事にすれば良かった。
過去は変えられない。
今できるのは、過去から学び繰り返さないこと
あげはを大事にする。
これからはあげはのことを想うから。
だから来て欲しい。
オレは祈り続けた。
来てくれるかどうかはあげは次第なんだ。
公園に来てから、どれだけ時間が経っただろか?
日も暮れて、真っ暗だ。
ベンチの傍の街灯だけがオレを照らしていてくれた。
三月とはいえまだ冷える。
コートのポケットに手を入れて、寒さを凌いだ。
また何時間か経った。
あげははまだこない。
ケータイの時計を確認すると、11時を表示していた。
もう来ないかもしれないと絶望が襲って来る。
寒さと悲しさで歯ぶつかりがカチカチと鳴った。
「ふっ…うぅ…」
景色がぼやけてきた。
鼻の奥が痛くなってきた。
もう後悔しかなかった。
あげはのことをもっと大事にすればよかった。
今までの馬鹿なオレを殴ってやりたい。
涙がボロボロと落ちて地面を濡らす。
「あげは…」
何度呟いてもあげはが返事をしないのは分かっていたが、呼ばずにはいられなかった。
「まだいたの?」
声が聞こえた。
誰かなんて分かっている。
「あげは」
顔を上げるとあげはがいた。
黒い短い丈のワンピースにグレーのパーカーを重ねて着ていた。
青いニーハイとスカートの間にある生足が街灯に当てられてなまめかしく映った。
オレと一緒にいたころはそんな格好しなかった。
いや、オレがさせなかったんだ。
愛里香がいつも着ていたような服を勧めていた。
「今日の服、似合うよ」
「そう」
「来てくれてありがとう」
オレの前に立つあげはの腰に手を伸ばし引き寄せた。
あげはは抵抗なくオレにされるがままでいてくれた。
オレはそのまま涙を流し続けた。
泣き過ぎたせいか頭がクラクラした。
「熱があるんじゃない?」
「いや…」
「こんな寒い所にいるから」
「あげは聞いて欲しいことがあるんだ」
オレはあげはの身体を抱く腕の力を込めた。
「風邪ひくよ。今日は帰った方が良い」
あげはの言葉があたまに響く。
「ダメだ!今日じゃないと意味がねぇ」
今日話さないとダメなんだ。
あげはと話して、謝らないと
あげはに謝って、話して
そして…
「亜悟くん!」
オレの意識は途絶えた。
あげはがオレの名前を呼んでくれるのだけは覚えている
目を覚ますと、見覚えがある天井が見えた。
あげはの部屋…
部屋の中を見ると、黄色を基調としたもので統一されている。
一度だけ入ったことがあるあげはの部屋。
壁に張られた映画のチラシ。
あいつが見たいと言ったけど、オレは趣味じゃないと断った作品だ。
一人で見に行ったのだろうか?
映画の途中で、帰ったこともあったな。
そんな勝手なことばかりしてたのに、それでもあげはのそばにいたいと言うのはオレのわがままでしかない。