ゆっくりと振り返って名前を呼んだ。

拓巳はスピーカーを見上げたまま固まって、あたしに答えてくれなくて。

麻里さんの登場シーンになった放送は、音と捉えずに耳をすり抜けていく。

あたしの意識は、拓巳にだけ向いていた。



やっぱりまだ怒ってるんだろうか。

調子いい女だと思ってるんだろうか。

もっと嫌われちゃったのかな。

不安ばっかりがこみ上げてきて、ジワリと目の奥が熱くなった。



───泣いちゃダメ。



必死に自分に言い聞かせた。

ぐっと奥歯を噛んで俯く。

だって、これ以上拓巳に嫌われるようなことしたくないよ。

泣いたら面倒くさいじゃない。

うざいじゃない。

泣いたって、きっと今までみたいな計算だって思われるわ。・・・自業自得だけど。

それでもどんどん自分の目に涙が溜まっていくのが分かって、ぎゅっと目を閉じた。



瞬間だった。



「行くぞ」

「ふえっ!?」



不意にあたしの手が暖かくなって、勢い良く引っ張られた。

そのまま拓巳とあたしはたくさんの視線の中人ごみを抜けて───

ただ無言で、学校を駆け抜けた。

誰の目も気にならなかった。

あたしの心は拓巳でいっぱいいっぱいで、

残された麻里さんも瑞樹先輩も頭の片隅にだって、残っていなかった。

あたしはただ、拓巳の背を追いかけるのに必死で、

瑞樹先輩に背を向けて、幼馴染の手を握り締めながら、願っていた。





(ただ、この手を離したくなかった)
(もう二度と、離さないと心に決めた)