ただ、ふっと我に返ったとき、



「妃那ちゃん───」



先輩が、ほんの少し首を傾けてゆっくりあたしの顔に先輩の顔を近づけていた。

あぁ、キスするんだ。

初めてのあたしでもそれぐらいはなんとなく気付いた。


射抜くような瞳は、髪の毛と同じように真っ黒で。

その中に囚われている、あたしの姿。

あたしはただ瑞樹先輩の魔法に掛かったように従うだけだった。

憧れの人が今目の前に居て、

あたしだけを見つめて、

キス、しようとしている。


それなのに、あたしは何故か瞳を瞑ることが出来なくて。



そしてあたしの脳裏に浮かんだのは───



「ごめんなさい!」



そう言った。



否、言おうとした。

言葉より早くあたしの手が押し返すように瑞樹先輩の肩に手を置いていて。

でもあたしが言葉を言えなかったのはそのせいだけじゃない。



「・・・何、してるの」



瑞樹先輩の唇まであと少し。

強張り尖った女性の声が、その空気を破ったからだった。

あたしは目を見開きながら慌てて瑞樹先輩から離れる。

その視線の先にいたのは、怒りに震え、ただまっすぐにあたし達を睨みつける、同じ制服の女の人。


───この人・・・っ!!



見覚えのあるその人に、あたしは判断を仰ごうと瑞樹先輩を見上げた。

ううん、見上げようとした。

これもまた、出来なかったのだ。





瑞樹先輩が、突き飛ばすようにあたしから離れたから。