「妃那?喜ばないのか?」
「え!?あ、うん!瑞樹先輩忙しいって言ってたからちょっと驚いちゃって!」
思わず考え込んでしまった自分に焦って、あたしは「あはは」とわざとらしいほどの笑顔を海斗くんに向けた。
そうだ、あたしは瑞樹先輩と付き合ってることになってたんだ。いけないいけない。
「瑞樹先輩、第二体育館の方にいるって言ってたぞ」
「ホント?」
第二体育館は小さな体育館で、今いる男子部の後者の片隅にある。
たしか、何も企画無かった気がするんだけど・・・それとも、2人きりになりたいってことかな?
瑞樹先輩の真意が分からないまま夏乃を見ると、親友は「いいわよ」と目を細めた。
「私はいいから行ってきなさいよ、妃那」
「いいの?」
「もちろん。妃那の恋路は邪魔しないわ」
「行ってらっしゃい、妃那。夏乃とのデートは俺が代わりに楽しんでおくよ」
調子乗らないの、と肩に回された海斗くんの手を抓ったクールな夏乃と、痛みに顔をゆがめる海斗くんが対照的でクスクス笑う。
「行って来るね」と言うと、一瞬の間の後2人は声を揃えて「行ってらっしゃい」とあたしの背を押してくれた。
───瑞樹先輩とも、きちんと話をしなくちゃいけないと思っていたんだ。
来るべきときが、来たのかもしれない。
2人の笑顔を心に焼き付けて、あたしは瑞樹先輩のところへ駆け出した。
大好きで、
信頼できる先輩で、
大切な人の元へ。
終わりのカウントダウンが、近づいていた。
そんなこと、
このときのあたしは疑いの眼差しを誤魔化すのに必死で、
まったく気づくことなんてなかったんだ。