「ねぇ、妃那ちゃん」

「うわっ!ええ、は、ははい!!」



そんなことを考えてるときに、前を向いていたはずの瑞樹先輩が突然あたしの方を向いた。

驚きすぎて変な声を出すと、瑞樹先輩はクスクス笑う。

うー、最後の最後にまた大失態。

情けないなぁ、と自分に呆れて俯きつつ、ハンドバッグをぎゅっと両手で握る。



「すごい悪いんだけどさ、今日ここまででも大丈夫?」

「え!?」

「今突然親から仕事場に呼び出されてさ」



突然のことに驚いて顔を跳ね上げさせたら、そう言って困ったように笑いながら携帯を閉じる瑞樹先輩。

そういえば、今日言ってたっけ。

瑞樹先輩のお父さんは会社の役員さんで、事務のお仕事を手伝いに呼び出されることがよくあるって。

ここで駄々こねて困らせるのも良くないよなぁ。

だって、あたし彼女じゃないし。

そう思って「わかりました」とにっこり笑った。

『男ならデート後は家まで送りなさい!』って気持ちも無くはないけど、

親からなら仕方ないし、何より瑞樹先輩なら許せる。



「帰らないで、とか言ってくれないの?」

「言っていいんですか?」

「言われても叶えられないけど、でも言って欲しいかも」



冗談、とクスクス声を出して笑う。

瑞樹先輩は今日一日の間もこうやって何度もあたしが嬉しくなるような言葉を言ってくれた。

ダイレクトな言葉にはさすがに照れちゃうけど、これくらいの言葉ならスルーできるようになった。



「───冗談、じゃないよ」

「先輩?」