バイトが終わる頃には、
すっかり空が白み始めていた。
明け方というものは、
どうしてこうも
胸をせつなくさせるのだろう…。
今日はなんだか
真っ直ぐ帰りたくなくて、
回り道をして帰る事にした。
お気に入りの海沿いの道…。
そこから眺める朝日が最高に大好きだった。
今日もいつものお気に入りの場所へ向かう。
ガードレールを越えて、
砂浜に降り立つ。
寄せては返す波…
潮の香り…
波の音のみが聞こえる
静かで穏やかな時間…。
母なる海と言うように、
なぜこんなにも懐かしく感じるのだろう。
海を見ながら砂浜を歩いていると
人らしきものが倒れているのが目に入る。
「ひっ…!!死体…?!」
こんな時間帯にこんな場所で…
と一気に恐怖に陥ったが、
とにかく、かけよって声をかけて確かめなければと
なぜか冷静に考えていた。
「あっあのぅっだっ大丈夫ですか??」
一声かけてみるものの、返事はない。
「あっあのっ…」
「すいません…」
「大丈夫ですか…」
「あのぅ…」
「静かにっ」
「ひっ」
急に返事というか注意されて、体がびくっとなるわたし。
(よかった。生きてたよ。)
でもすぐホッとして改めて目を向ける。
モジャモジャの目までかかる位の栗色の髪
ひょろりとした手足
変わった服装…
先のとんがった靴は脱ぎ捨てられて素足のまま、
うつ伏せで寝そべっている
全てが謎だらけで、怪しさ全開だが、
この人からはなんだかゆったりとした雰囲気が感じられて、
普通なら取り乱すはずの私の心は穏やかで静かだった。
波の音は繰り返し不規則で、
風が肌をかすめるたび、こそばゆい。
まったく知らない初対面な人の隣で、
なぜか居心地よくなってその隣で座り込み、目を閉じる私。
コンプレックスを抱いてる自分や、グルグル悩んでる自分がちっぽけに感じて、
心が洗われるような気がした。
ふとした瞬間、寝そべっていて微動だにしなかった彼が体を起こす。
モジャモジャの髪に隠れて表情は分からない。
その時、
ぎゅごるるぅう…
「あぅ…」
ごるるるぅう…
一瞬にして現実に引き戻されるかのように、突然なりだす腹の虫…。
一気に赤面する私。
腹のお肉も立派なら腹の虫もご立派で、激しく自己主張を続けている。
(そういえば今日、バイト前にご飯食べたっきりだ)
しかし無反応の彼が気になっておそるおそる目を向ける。
きっと呆れているだろうなと思えば、
案の定、彼は口をあんぐりとひらけ、こっちをみていた。
「ごっごめんなさい…」
いたたまれなくなって慌てて謝ってうつむく私。
「ぷ…フフ」
しばらくして彼の笑い声が降ってきた。
と同時にすらりと伸びた綺麗な手で私の頭にポンポンふれる彼。
「ちゃんとご飯たべなさいね…」
ポツリと呟くようにそう言うと、
体中に着いた砂をはらいもせず、
とんがった靴を拾い上げてそのままガードレールの向こうに消えていった。
私は、その猫背な後ろ姿を見えなくなるまで見つめ続けていた。
なぜか、胸がギュッと締め付けられたように痛かった。
あの後どうやってアパートに戻ったのかは覚えていない。
ただ心臓がバックンバックンしてうるさくて、
ふれられた頭がじんわり熱くて、
これって…
これって……
恋ですか???
そうなんですか?!!
どうなんですか?!!!
自問自答を繰り返す、
完全にパニック状態の私。