香里は朝蜘先生の底の見えない声色を思い出す。

 そうだ。正に、目だけが森を見てて、体は学校にあったみたいな感じ。

 心はあの、この世界ではない森へ行っていた。

 あそこは何処だったんだろう。考えても答えは出ないと知っていたが、香里は物思いに沈まずにはいられなかった。

 鈴もまた、そんな香里を黙して見ていた。



「姉さん……!」

 火事でも知らせるような切羽詰った声に、香里は顔を上げる。

 走って来たのだろうか。多郎が息を切らせて立っている。

「倒れたって、もう大丈夫なのか」

 強ばった表情が香里の胸を痛める。また心配をかけてしまった。

 香里の頼りなさのせいか、多郎はいつだって、姉に心を砕いている。