彼はあたしの名前を聞いたとたんに頭を撫でた。
「えっ…ちょっと…!?」
突然の事に鼓動が速くなる。
「やっぱりか」
今まで使っていた敬語がガサツな言葉になっている。
それが懐かしくて涙が溢れそうになった。
「お前、覚えてるか?俺の事」
あたしは何度も頷いた。
「ホントかよ。あんなちっさい時の事だぞ?」
よく覚えてる…
だって、あたしの……
初恋の人…―――。
「沙恵、おっきくなったな」
懐かしむように、また頭を撫でる。
その手は相変わらず変わりなく…
大きくて、優しくて、温かくて…
大好きな泰智お兄ちゃんの手。
「…泰智お兄ちゃ…」
「沙恵」
昔のように名前を言いかけた口を手のひらで押さえられた。
どうして…――?
「ここじゃあ俺は先生だ。だからその呼び方は禁止な」
禁止…―――
その言い方が、やけにつらそうに見えたのは気のせい…?
「分かるよな?」
再度確認するように笑いかける。
あたしは彼を見上げて笑顔で返しながら「分かった」と答えた。
本当は、ヤダ。
でも、もうあたしは子供じゃない。
先生を困らせない――。