「ただいまぁ」
「お帰りなさい、沙織」

長い黒髪を一つに結った母が出迎える。
浮かぶ微笑みは相変わらずで適当に返事をして、私は部屋へと入った。

「ねー沙織ー。中2にもなったんだし、そろそろ勉強真面目に頑張らない?」
「えー……?」

母の声が響く。
父が真面目に働くお陰で、一軒家とは言えずともそれなりに広さのあるアパートで暮らしている。コンビにもすぐそこで駅からもそう離れては居ない。買い物も結構楽に出来てかなりいい条件。なのに家賃はそう高くないのはかなりラッキーだ。まあでも長続きしない場所でもあるらしく、少しの間なんで?と不安だったけど理由は分かる。管理人さんと折り合いが悪いから出て行くのだ。少し変わっている管理人の機嫌を取るには我慢の我慢が必要。その点うちの母は苦労のせいか我慢はかなり出来るし、上手くいってるみたい。

「どこの学校いったってかまわないけど、それなりに、ね?」
「…んー、まあがんばる」

制服を脱ぎ私服に着替えると、私は財布と携帯、あと世の中何があるか分からないので防犯ブザーを携帯して玄関へ向かう。

「買い物いってくる」
「お金は?」
「昨日貰った小遣いあるから」
「行ってらっしゃい、気をつけてね」

母の声を背に私はセミロングの髪を靡かせて春の陽気の中を歩き出した。