「有難うございました」
店員の言葉を背に私はウィィン、と自動ドアを抜けて歩き出す。
まだ家には帰らない。漫画をじっくり読んで万全の状態で挑むために、コンビニでちょっとしたお菓子とジュースを買うのだ。
私は雑誌をコンビニで買わない。
というのも、あのコンビにはうちの中学が利用するから。
その点あのお店は中学生より高校生以上が利用するから、私は楽だ。
知り合いに見られる可能性が少ないから。
だからかなり私の存在が浮ついていようと楽に利用できる。
それにもともと誰だって利用していいのだから、かまわない。
コンビニに入りコーラの500mlのペットボトルと適当なお菓子を手にすると、私はついでとばかりにおにぎりのコーナーにも行ってみる。
おいしそうな新作があれば学校帰りにこっそりよって購入して食べるのだ。
見てみるけど、とくにめぼしいものはない。
「…なんだ、つまんないの」
溜息をついて私はレジに並ぶ。
少し込んでいるのか、2・3人の人がレジの前に並んでいた。
時間掛かるのかな…。
暇な私はちらりと目の前の人を見る。
―背の高い茶髪の男性。
後姿だけど、すらりとした肉付きで多分コレはイケメンとかいうやつだ。
あ、短い髪から見える耳んとこに、黒縁眼鏡のやつが見えた。
眼鏡かけてるんだ。しかもブラック。
ジャケットはダークブラウンで…シャツは白。
ジーンズは…うわ、足長いな…。モデルみたい。
なんか顔が気になってきた。
私はそろっと、気付かれないよう体をずらし―別のコーナーを見るようにしながらちらりと男性を見てみた。
………。
……………。
特別、ってほどじゃないけど、…結構私としては、好み。
なんていうかパーツがそれぞれ私の好みのラインしてたりなんやりしてるんだけど。
あー、いいものみたな。
気付かれぬよう密かにくくくと笑えば、いつのまにか彼がレジを使っていて私は大分間を空けていた。
後ろに並んだきつめの女子高生がぼそりと文句を言う。
「…ッチ…早く行けよ中坊」
今時まだそうやって文句言うのかよ。
私は軽く押されて前のめりになる。待って何これなんの漫画―?
「っわ…!」
「…っと……」
漫画のはいった袋が軽く前の男性の足にぶつかる。
ついでに背中に私の顔が当り、けどそれ以上被害がないよう私は足に力をいれて踏みとどまる。…うわーこの体勢かなり変。
「ご…ごめん、なさい」
「いや、いい。―大丈夫?」
「あ、…はい。ご迷惑かけて、すみません」
体勢を整え私はぺこりと頭を下げる。
お釣りを受け取った男性は気にするなと首を振り、寧ろ女子高生に視線を向ける。
「…少しの考え事くらい君にもあるだろ?」
大人気ない。
目線で冷たくそういうと、男性は私をレジの前に立たせた。
「余所見してたら駄目だ、…気をつけるんだ」
「…は、い」
うわぁ恥ずかしい。
中2にもなって何してんの私。
頬が赤くなりながら私は頭を下げて彼を伺うように上目遣い気味に見た。
――…あ…永久先生の、連載のヒロインの相手の人みたい。
黒フレームの眼鏡から覗く、綺麗な濡れた夜の色の瞳。
さらりとした短い茶髪。
高い身長とすらりとした体付。
シンプルな服装なのに妙にオシャレに感じる着こなし―。
…漫画、みたい。
…でも、この人の購入した品、って。
……どうして、エロ本なの……。
―まるで漫画みたいな出会い。
ただ少し漫画と違ったのは、あの人の購入した品。
そして私が、ヒロインみたいに特別に素敵じゃなかったってこと。
でも、あの時私は本気でときめいた。
これって、何かの運命?
…これが私が、恋に恋して、彼に気付かされることになった、出会いの話―。
「―あの、本当にすみませんでした」
彼がコンビニから出てすぐ、私はお釣りを財布に戻すのも後回しにして慌てて追いかけた。
貴方に見惚れたからああなりました、なんていえるわけもなく、私はただどきどきしたまま彼にもう一度謝罪を口にする。
ていうか、多分単純に私は、彼にもう一度顔を合わせて欲しかった。
「…いや、いいし。別に。…まあもうあんな事ないように、」
「は、はい。ほんと、すみませんでした」
もうしつこいだろうからこれで終わりと謝罪を口にすれば、もうどうしようもないと私はこれで接点は終了―と内心溜息をつきつつ帰るかと顔を上げた。けど予想とは裏腹に彼はまだ声を掛けてくれた。
「…その雑誌」
「―え?」
「…一年前、4月に創刊されたL*R?」
「あ…はい。最新号です」
「―そう。…好きなんだ?」
その雑誌。
くい、と顎で漫画のことを言われ私はしどろもどろにこくりと頷く。
「…誰が好き?」
「え、と……小谷 永久先生、とか」
「…ふぅん。…で、感想は?」
「……は?」
「その先生の少女漫画の感想。俺は、知らないから」
―何を知らない?…ああ、少女漫画読んだ事ないからどういう感想抱くか、ってこと。
何でそんなこと聞くんだろう。胸のときめきは少し収まり、私は何で、という疑問の中素直に答える。
「えと…なんか、自分もこういうことがあるって思えるような感じになります。私にもきっとヒロインと同じことが起こるって、」
「……ふーん」
その瞬間、答えた私に興味がなくなったのか、彼は私から視線を外してしまった。
…何か気に障ったのだろうか。
「…まあ………のも……には必要か……」
「………は?」
「いや、なんでもない。突然悪かった、…じゃあな」
ひらりと手を翳してエロ本のはいったコンビニ袋さげて歩いていく男性。
…ああ、やっぱその本はとてもじゃないですが貴方には似合いません…。
「…つか一体なんだったの?」
ときめきはいつのまにか収まり、ただ私には彼の後姿だけが、いつまでも少し寂しく脳裏に残った。
…どきどきしたあの人。
もう多分、どこかで次に出会ったとしても、私は覚えていたとしても彼は忘れているに違いない。
とてもそれが残念で、私は一時のときめきを抱けたことに感謝するしか、なかった。
―それから一週間後。
進学して難しくなりつつある勉強に若干眉根を寄せる。
これ中3になったらどうなんの?
数学とか、私無理なんだけど。
まあ…なんとかなるよね。
「あー、終わった終わった。ねね、放課後どうする?」
「あたしカラオケいきたーーい、新譜歌うのさっ」
「えー…うちいいのないんだけどぉ」
「昔のでも歌えば?ネタネタ」
「理沙の物まねちょー似てんだよね」
笑う友達。
カラオケかー、ちょっと金使えないんだよね、
今月の20日にL*Rの先生たちの読みきり短編集出るし。
「ごめ、私パス」
「え、なんで?」
「ちょっと今月ね、買うものあって節約中なんだよ」
「沙織来ないの?レラの新曲歌って欲しかったのに」
「んー、16日ハルの誕生日じゃん?カラオケ行くんだし、そんとき歌う!」
「しゃーないなぁ、んじゃまたね」
「ん、またねー」
私は手を振ってカラオケにいくまなみ達を見送る。
今日断ったから、次誘われたら絶対行かなきゃ。
付き合いって、そういうもんだし…疲れるけど。
「んあ、やばい…取り寄せしてたITSUMI先生のコミック取りに行かなきゃ」
人気で置いてなかったL*RのITSUMI先生。
永久子先生ほどではないけど、結構気に入ってる先生の人気作品、取り寄せしないと買えなかったんだよね。
「行かなきゃ」
鞄を手に取ると私は駆け足で書店へと向かった。
「え…?ITSUMI、先生?」
「はい、L*Rっていう本誌の…」
「…あー、ああああ!高山さんですね、はいはい、ありますよ」
店の置くへいって暫く。
一冊の本を差し出され、それを確認する。
「…はい、これです」
確認をすると私は財布を取り出し金額を支払う。
ちょっと高めのこれ。結構分厚くて、1000円ちょっと。ああ、出費激しいなぁ。
まあ、好きだからこうして購入するんだし…。
自分でしてることに文句は言えないんだけど。
「はい、有難う御座いました」
ウィィン、と音を響かせて私は出て行く。
この本はボリュームのある先生の特別読みきりのものだ。
読んだ品もあるけど、読んでないものもあるからとても欲しかった。
帰ったらすぐ読もうかな、それとも…。
鞄にコミックを仕舞いこんだ私は考えながら歩く。
―すると後ろから一つ声が聞こえた。
「―ちょっと、いいか」
「はい?」
ナンパ、なわけはない。
こんなだっさい制服きて大して可愛くもない中学生ナンパするアホはいないはずだ。
いるとすればもてない奴くらい。そう決めている。
なんか面倒なことかなー、だとしたら顔見てさっさとにげよっと。
足だけは速いし若さがある。ついでにここ大通りだから交番すぐ近く。
防犯ブザーも持ってるし大丈夫。
誰だろう、と私は振り返る。
まさかそこにいたのが彼だとは、思わなかった。
「……………あ…」
コノ前のコンビニのかっこいー人。
「………このまえは、どうも」
「あ、…いえ、はい」
ていうか、え?
何用があるんで御座いましょうか…?
私は目をぱちくりさせる。
「……ちょっと、いいか?」
「……あ、はい」
気付けば私、そう返事して後ろついていってました。
…………ば、かあああああああああ!!
(続き執筆中)