―小さい頃憧れた。

少女漫画のヒロインに。

何があったって結局最後は幸せで、恋は実りヒロインはハッピーエンドを迎える。
だからそうなると私も思っていた。だってどの少女漫画も大体その筋書きなんだもの。

夢を見ていたのだ、あの頃の私は。
私もこういうヒロインなのだ、だから大丈夫。

…そう思っていた。

だからこそ、私はあんな経験をし、ようやく目が覚めたんだろう。




―高山 沙織、当時中学2年生。

恋に恋した事実に気付かない、馬鹿な女。

「―ねえ、志望校決めた?」

中学2年の春。
進学して早々、当時の私は友人の言葉に顔を顰めた。

「なんで中2になってすぐにそんな言葉を聞かなきゃなんないの」
「だって、一年なんてあっと過ぎるんだよ?」
「そりゃ、そうだけど…」
「中2にもなったんだし進路を早く決めて、地道に頑張らないと痛い目見るよ」

少し以外だった。
話しかけてきた友人―村田まなみは、どちらかというと自分の人生?明日もわかんないのに考えてもしょーがないでしょ、なんてタイプだったから。
ああでもそうか。この子は一見ちゃらちゃらしてるけど、元々とても真面目で、達観していたりしたんだっけ―。

「まなみ、達観やめたの?」
「別にそういうわけじゃないけど。ただほら、来年慌てたくないし、あたしN高校行きたいから」
「N、って…あのAランクの?」
「うん」

こくりと頷くまなみ。
私たちが通う中学、というか、私たちが住む地域でも優秀だと評判のN高校。
偏差値は異様に高くて、制服なしの私服高校。
結構おしゃれな人が多くてそのうえ頭もいいとなれば誰もが羨むN高生。

けして私は頭がよくない、ってわけじゃないけど、でもまなみもNを目指せるほど頭がいいとは、悪いけどYESと頷けない。高望み、とかだろうか。…このこのことだから、違うだろうけど。

とりあえず私は黙って話を聞く。
イマドキ有り得ないくらいダサい、長いスカートのセーラー服姿で私は新しい教室の自分の席で頬杖をついた。

「あそこ、元々いきたかったんだよね」
「でも、正直無理じゃない?」
「…はっきり言うねー、まあいいけど」
「だって嘘吐いて喜ばせるなんて、馬鹿にしてんじゃん」
「まあね」

うちの学校は上下関係が厳しい、というより、生意気だとイマドキありえず後輩だろうが先輩だろうが目を付けられる。

とくに入りたてで怖いもの知らずの1年生は生意気だし、3年生は受験はあるけど上からのしがらみがなくて自由だし、2年生は間バサミで下手な行動は取れない。

スカートを短くしたくてもできないし、頭茶髪なんかにしたら先生よか先輩からの仕打ちのが怖い。どんだけ昔の時代だよと吐き気がするけど我慢。
まなみも私と同じで膝より少し長いスカートの丈で、髪も黒くしつつ、ただヘアゴムはとびきり派手にしていて、そのヘアゴムがずれたのか指で弄って直しながら呟く。

「うちさー、N高校入って卒業したら、専門系行きたいんだよ」
「え、なんで?Nいったら大学普通に狙えるじゃん」
「Nで色々ポイント稼いで、専門で好きな事して、人生設計したんだよ」
「あ、そう」

よくわかんない。まなみの考える事は。

「まあ、とりあえず、2年なったばっかだし…頑張ればいけるんじゃない?」
「うん。だからあたしこれからちょー真面目になるわ」
「はは、がんばれ」
「沙織は?どこ行きたいのさ」
「私?…さあ」

高校はいれるなら、どこでもいいよ。
面倒くさそうに呟いた私に、まなみの間抜けな声が聞こえた。

正直私は高校に入れるなら天辺だろうが底辺だろうがどこでもいい。
うちの母親は、家があまり裕福じゃなくて何かと大変だったらしい。
高校も途中でやめて、バイトしてテレビでやってるやつで資格とって、何年かしてから定時制入ってバイトと両立したらしい。最終的資格でなんとか就職できて、寛大な心とやらの私の父親と結婚し私を生んだ。父はお前の好きなようにというけど、母親は「なんでもいいから高校入れ。そしたらどうにでもなるわよ」と言う。

まあイマドキ大学新卒でも就職困難だの100年に一度のなんとかやらで数年前から青褪め状況だので、大変な世の中。景気回復だかなんだかしてんだかしてないんだかわかんないし、高校はどこでもいいから、私が入れるなら入り、卒業資格位は欲しいものだ。

「うわー…アンタ、人生舐めてんね」
「舐めてる?…そうかもね。ある意味でも知り尽くしているともいえない?」
「それは言いすぎ、…まあどうせアンタの人生であたしには関係ないけどさ」
「きっぱり言うね」
「誤魔化すのはよくない、しょ?」
「いえてる」

笑いながら鞄に手をかけ、私たちは教室を出て行く。
進路なんて私はとりあえず興味ない。
当分興味があるのは…ああ、何だろうね。

だるけに考えながら、私は帰り道新しい機種みたい、とごねてまなみをつれて携帯ショップに入り、新しい機種に目を付けて家に帰った。

「ただいまぁ」
「お帰りなさい、沙織」

長い黒髪を一つに結った母が出迎える。
浮かぶ微笑みは相変わらずで適当に返事をして、私は部屋へと入った。

「ねー沙織ー。中2にもなったんだし、そろそろ勉強真面目に頑張らない?」
「えー……?」

母の声が響く。
父が真面目に働くお陰で、一軒家とは言えずともそれなりに広さのあるアパートで暮らしている。コンビにもすぐそこで駅からもそう離れては居ない。買い物も結構楽に出来てかなりいい条件。なのに家賃はそう高くないのはかなりラッキーだ。まあでも長続きしない場所でもあるらしく、少しの間なんで?と不安だったけど理由は分かる。管理人さんと折り合いが悪いから出て行くのだ。少し変わっている管理人の機嫌を取るには我慢の我慢が必要。その点うちの母は苦労のせいか我慢はかなり出来るし、上手くいってるみたい。

「どこの学校いったってかまわないけど、それなりに、ね?」
「…んー、まあがんばる」

制服を脱ぎ私服に着替えると、私は財布と携帯、あと世の中何があるか分からないので防犯ブザーを携帯して玄関へ向かう。

「買い物いってくる」
「お金は?」
「昨日貰った小遣いあるから」
「行ってらっしゃい、気をつけてね」

母の声を背に私はセミロングの髪を靡かせて春の陽気の中を歩き出した。

家から歩いて10分。
馴染みのお店へ入れば、私が向かうのは少女漫画のおいてあるコーナー。
最近創刊されたばかりの「L*R」という少女漫画雑誌でみるみる人気No.1に上り詰めた「小谷 永久先生」。L*Rでは「永久子」なんてあだ名で呼ばれ、ファンには「永久様」なんて面白げに呼ぶ人まで居る。不思議に何故かこの先生には「信者」なんてものはつかないらしい。

長い間人気のある人は、固定する信者や否定のアンチなどが湧き出てネットでも中傷などがヒートアップしたりするのだけど、この先生は出始めたばかりだからか、それとも運がいいのか―幸か不幸かそういった類が一切ない。

あるのは「突然現れた天才」やら「何故今まで有名雑誌に投稿しなかったのか」なんて話くらい。

永久先生はL*Rの特別創刊企画で新人作家を募集し、それに応募―。見事TOP賞であるプラチナティアラに輝き、即連載決定、デビュー作&連載が一気に同時に掲載されたなんていう人だ。

この先生の作品は、小さい頃から私が憧れる物語を紡いでいる。
私もそうだと漠然とだけど今だ「思う」、ヒロインは必ず幸せになれるという魔法がかけられていて、何もかもがありふれているのにとても特別で。

ああきっと私もそうよ!…なんてどこかで期待させられるのだ。

L*Rの創刊から一年。
次々出されるコミックはどの先生のものも人気により即完売状態。
魔性の何かがあるこの雑誌、そして先生。私はとても惹かれ、高揚感を感じながら今日も発売されたばかりの20xx-Act.01を手に取った。

「ん、表紙…永久先生だ。…あ、連載と一緒に読みきり描いてるんだ、楽しみ」

にやりとする頬を隠すことなく私はひっそり笑うと、永久先生と好きな先生のコミックに手を伸ばし3冊ほど手に入れると会計を済ませる。