「お客様、お客様」
私は はっと顔をあげた。
「大丈夫ですか?」
カウンター越しに、黒いエプロンをつけた若いお兄さんが微笑んでいた。
その顔に、私は目を剥いた。
「なっちゃん…!!」
そこまででかかった言葉を、私は慌てて飲み込んだ。
彼のわけがない。
だって彼がいるわけない。
「どうかしました?」
「いえ、知り合いにすごく似てらしたから」
「そうですか。」
笑うと、猫みたいな口元の口角がさらにクッと上がる。
そんな無邪気な笑顔がますます彼に似ている。
突然、私のお腹が キュルル~っ、と、音をたてた。
「お腹がすいてるんですね。
うちはミートソースパスタが
オススメなんだけど」
優しく笑うお兄さんに、
私は真っ赤になり、
そのオススメを注文した。
そういえば、用意した夕食は
一口も食べずに家をでてきたんだった。
まわりを見渡すと、
店内には他に客は誰もいない。
こんな時間だし、当然といえば当然か。
なんだか体中の力が抜けていくのを感じた。