ベスト版かって?

まさか!

そんな大そうなものじゃない。

まだ自分のオリジナルなんて数曲の駆け出しだよ。

〈岩下千鶴子ピアフを歌う〉みたいな、リメイク版さ。

ジャックは、あたしがピアフの大ファンだって知ってたからね。

きっと、気ぃ使ってくれたのさ。

ところが話が進んでいくうちにさ、最後の一曲はライブ録音を入れたらどうかってジャックが言い出した。

あれよあれよという間に話しが大きくなってきてね、オリンピア劇場でのコンサートをライブ録音するってなことになっちまってさ……

オリンピア劇場っていったらさ、ピアフの家みたいな劇場さ。

ピアフが歌ったその劇場で、ピアフの歌をあたしが歌う。

想像してごらんよ。

気後れして目眩がしてさ、逃げ出したかったよ。

でもね、ジャックがそんなこと許さなかった。

『千鶴子、夢が叶う瞬間っていうのは、自分では気づかないものだ。

僕が君を夢に向かって引き上げる、君はだまって付いてくればいいんだ』

って、力強く言ってくれた。

え? ジャックがあたしの新しい恋人なのかって?

違うよ。

彼とは色恋ざたは全くなかったね。

ジャックは男色家って噂だった。

ホモじゃないよ。

あたしはそういう言い方は、あんまり好きじゃない。

ジャックは立派な紳士だったし、良い友人だった。

彼があたしのことを恋愛の対象として見てくれなかったってだけさ。

でもね、それで十分過ぎるほど、ジャックはあたしの支えになってくれてた。

それにさ、単にあたしに女の色気が足りなかっただけかもしれないしね。