金曜日、夕方から出かける繁徳に、珍しく幸子が声を掛けてきた。


「今晩は戻るの?」

「えっ、あぁ、多分戻らない」


咎められた気がした。

繁徳の返事に、幸子が小さな箱を投げてよこす。


「何?」

「コンドームよ。

母さん心配なの、あなた達のこと。

二人の関係に反対ってことじゃないのよ。

ただね、若いうちは、その……

欲情に流されるっていうか、我慢できないことってあるじゃない?

そういう時、傷つくのは女性だから……」


「何だよ、まるで俺が発情した獣みたいな言い方じゃないか!」


思いがけない幸子の言葉に、繁徳は勢いずいて言い返していた。


(舞の身体を求めるのが、そんなに悪いことか?

舞が傷つく?

母さん、何言ってんだ?)


「女はね、好きな男に求めらると、断れないのよ」

「うるさいな!

母さんには関係ないだろ」

「母さんはね、女だから、こういうことは舞さんの見方よ。

あなたが、彼女を傷つけるようなことがあったら、母さん……」

「俺だって、舞を大切に思ってる。

傷つけるなんて……」

「ごめんね。

でも、家を出て一人で生活してる舞さんのこと考えるとね、何だか母さん切なくて、心配なの」


彼女は、二十数年前の自分の姿に舞を重ねているのだろうか?

夫に出会う前、誰も頼る者なく不安に過ごした少女時代の自分を。


「俺のこと、ちょっとは信用しろよ……」


繁徳は、幸子の投げてよこした小箱を軽く投げ返す。

緩やかな放物線を描いて、彼女の手に箱がポンと納まった。


「じゃ、行ってくる」


繁徳は動揺を隠すように、足早に玄関を出た。