「チィッ」



瞳を閉じて時を過ぎるのを待っていると、耳に響いてきた舌を鳴らす音。


ここにいるのはあたしと本田先輩だけだから、確認するまでもなく本田先輩が響かせたもの。



「泣きながら俺に身を委ねる気か、お前は」



本田先輩の両手の親指が、荒々しくあたしの頬を滑る雫をふき取って行く。


泣きながらなんて・・・。


泣いてる自覚なんてなかった。


けれど、瞳を閉じて見えたのはかっちゃんの笑顔で。


ずっと真っ直ぐにあたしを見つめてきてくれた優しいまなざしで。



「俺はな、俺を見ろって言ったんだ。お前がみてんのは誰だ」



あたしがみてるのは。



「かっちゃん・・・。本田先輩が良い人だって分かってる。本気で言ってくれてるんだって分かってる。それでも・・それでも!あたしの瞳にはかっちゃんしか映らない」



何度も。


何度も。


何度も。


あたしがくじけて楽な道を選ぼうとするたびに、思い知らされる。


かっちゃんへの、消えない強い想い。


もう遠回りはしないと決めたはずなのに、また遠回りしてる。


それもこんなに優しい人を傷つけて。



「フン。んなこたぁ最初っから分かってんだよ。それでも俺を見ろって言ったんだ」



かっちゃんへの想いを再確認させてくれたのは、不器用でとっても優しい目の前のこの人。


だから言うべきなのは・・・ごめんなさい、じゃない。



「ありがとうございます」

「・・・くそみゅう」



そんな暴言ですら、優しさの裏返し。


なんだか頑張れって言ってくれているような、そんな気がした。


もう二度と、本田先輩にかっちゃんへの涙はみせない。


かっちゃんを想う涙だけは。



「本田先輩。頑張るね、あたし」

「フン」



最後に頭突きを食らわせて本田先輩は口角をあげて、去って行った。