「ん?」


口の端を上げながら挑発すると、市川は少しだけ頬を赤くして口を尖らせた。


「そんな事話してる場合じゃないよ。ゴキブリ、一匹いたら百匹いるって言うじゃん。

……あたし、今日から絶対眠れない」

「……俺のが眠れねぇよ。嫌な話聞かすなよ」

「だってよく言うもん! どうしよう……やだ、絶対やだ……。

しばらくの間家帰ろうかな……」

「帰ろうかなって……ちょっと待てよ」

「だって、ゴキブリと同居なんてやだし……」


まだ涙目でいる市川は、あの悪態を思い出してか小さく震えていた。

そんな姿に、家に帰るって言葉は冗談じゃない事が分かって顔をしかめる。


「……市川、出掛けるから用意しとけ」

「え?」


動揺した気持ちがバレないように、市川に背中を向けて階段を上がる。

すぐ後からついてきた市川が不思議そうに尋ねる。


「出掛けるってどこに?」

「ドラッグストアか、ホームセンター。

……この寮ごと殺虫してやる」