『‥‥‥なんであの時言わなかったのかも分かるけど‥
もし、せなに何かあったら琉輝星に正之が責められるよ。
あたしは止めないから。
もし正直に琉輝星にだけでも言わないなら。』
『わかった。
明日の朝に言っておくよ。
ごめんな、桜。』
桜は俯きながら話しだした。
さっきの怒っていた時のトーンではなく、とても暗いトーンで。
『‥‥‥あたしの母さんさ‥‥。‥‥昔ね?17年以上前の話しだけど‥‥
殺されたの、ストーカーに。』
正之は信号が青になってもアクセルを踏めなかった。
後ろからクラクションが鳴る。
それに気付き正之は車を発進させ近くのコンビニの駐車場に止まった。
『‥ちょっと待ってろ。
煙草とコーヒー買って来るから。』
『‥‥またコーヒー飲むの?
せなの家でも飲んでたじゃん。
体に悪いよ?』
二人は苦笑いをして顔を合わせたが正之はすぐドアを閉めた。
―‥殺された?
桜の母親が?
確かに‥‥前に父子家庭だと聞いた事はあったがその時は
『母さんあたしが小さい時に死んだの。
またいつか話すよ‥』
とだけですぐ話しを変えた。
正之はコーヒーのコーナーに行きブラックを手に取ろうとしたが桜の言葉を思い出し、ペットボトルのお茶と桜の好きなミルクティーを持った。
『セブンスター、ボックス一つ』
店員にそう言うと見慣れた箱が一つ出てきた。
代金を払い車に戻ると桜は悲しい顔をしながら微笑んだ。
『ほら、やるよ。』
正之は温かいミルクティーを差し出す。
『別によかったのに。
ありがとう‥
あたし、正之の優しいとこ好きだよ。』
その言葉に正之は笑いながら答える。
『いきなりなんだよ。』
桜の頭を撫でながら正之は優しく言った。
『俺は桜の全部愛してるよ。』
桜は目に涙を溜めながら話し始めた。
母親の事を。
今から約23年前
橋口 百合子(はしぐち ゆりこ)は恋人の実(みのる)と結婚した。
実は6歳年上で建設会社を経営していた。
2年間付き合い二人は結婚。
周りからも祝福され百合子は幸せだった。
結婚して2年後、百合子は桜を産んだ。
『ほら、見て!
鼻が実さんに似て高いわ。』
『目は君に似て二重で大きい。
君に似て優しい子になればいいな。』
『あら、女は優しいだけじゃダメよ?
たまにはきつくなくちゃ!』
『君みたいにこづかい上げてくれない子になるのか?』
そうかもね、と百合子と実は笑い合う。
百合子と実はこのままずっと幸せだと信じていた。
家族に何かあるなんてドラマやテレビの中の話しだと思っていた。
桜が産まれて1年半が経ったある日
『なあ、百合子。
子供もう一人ぐらい欲しいな。』
『そうね。
次は男の子がいいわ!』
『男で花の名前をつけるのは難しいぞ?』
実は笑いながら百合子に言った。
『何が何でも花の名前がいいのよ!
だってあなたは"実"だしあたしは"百合子"よ?
花が実るみたいでいいじゃない。
だから"桜"だしね。
それに男の子でも"蓮"とかあるじゃない』
百合子はニコニコしながら名前の話しをしていた。
幸せそうに話す二人を邪魔するかのように電話がけたたましく鳴る。
その時だった。
悪夢が始まったのは。
小さかった桜はこの時のことを覚えていないが実ははっきりと
鮮明に覚えている。
あの日のことを。
『あら、電話だわ。』
普通のドラマなら夜中や非常識な時間にかけてくる様な電話は常識的な時間になった。
12/18 17:32
実はたまたま時計を見たため時間まではっきりと覚えていた。
『はい、もしもし。』
百合子はいつもより少し高めのトーンで電話に応対する。
『‥‥‥‥‥‥』
『‥もしもし?
すみません、電話が遠いようで‥
どちら様ですか?』
『‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥』
―ガチャッ ツー ツー
電話はいきなり切られた。
『百合子?
今の電話誰だ?』
百合子は受話器を置き実と話していたソファーに戻る。
『それがね、何も言わないのよ。
いきなり切れてしまって‥
イタズラよ、きっと。』
百合子は気にせずにソファーに座り飲みかけのミルクティーを啜る。
『‥‥‥だといいんだが‥』
この時実は胸騒ぎがしていた。
それからまた二人でテレビを見たり他愛もない話しをしているとまた電話が鳴った。
『また電話?
さっきの方かしら?』
百合子は電話の方へ行こうとソファーから立ち上がろうとしたが、実がそれを止める。
『俺が出るよ。』
実は電話へと歩いて行く。
『はい、もしもし』
『あ、いつもお世話になっております。
小野ですが』
『ああ!こちらこそお世話になっております。』
『この前の事で‥―』
実は少しホッとし、仕事の話しをして電話を切った。
『百合子、小野さんからだったよ。
さっきの電話もきっと‥―』
プルルルルル プルルルルル
また電話が鳴る。
―‥今日はよく電話が鳴るなあ。
『あ、すみません!
小野ですが、先程忘れていた事が‥―』
また小野さんからか。
ただの思い違いか。
『―‥では失礼します。』
そして実は受話器を置いた。
プルルルルル プルルルルル プルルルルル
‥全く。小野さんは何回かけてくる気だ?
『もしもし。』
『‥‥‥‥‥‥』
『‥もしもし?』
『‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥百合子と別れろ。』
『?!』
―プツッ ツー ツー ツー ツー
『実さん?
また小野さんから?』
なんだ‥
今の電話は‥‥‥‥
実の手に汗がジワジワと出てくる。
『百合子‥。
俺がいないときは留守電にしておけ。
絶対に電話に出るんじゃない。』
『え‥でも実さんにお仕事の電話がきたりするし‥』
『でるな!!!!!!』
百合子の話しを掻き消して実は怒鳴った。
普段、温厚な実が怒鳴る事などあまりないので百合子は目を見開いてびっくりしていた。
『‥わかったわ。』
『‥‥怒鳴ってすまない。
わかったてくれたらそれでいいんだ‥。』
実の怒鳴り声でびっくりして寝ていた桜は大声で泣き出した。
実は桜の元へ駆け寄った。
『ごめんな〜桜。
びっくりしたなあ〜』
桜を抱き上げ笑顔で桜をあやす。
百合子はいつも通りの実を見て安心した。
その日三人はいつもの様に川の字になって寝た。