「おい」



考え込んでいたから、予想外の近さでささやかれた言葉に驚いて、体がピクッと震えた。


勢いよく声のした方を振り返ると、

鼻をかすめるかと思うほど近くに顔があり、あたしは息をのんだ。



…あたしを助けてくれた人だ。



「何でここにいるの?」


最初からずっとそこにいたわけ?



もともと同じ電車に乗っていたのだから、

その人も開放された後、同じ電車に乗っていても不思議ではない。



それよりも不思議なのは、何であたしは気づかなかったのかってこと。


痴漢にあって、混乱していたから?



もともとあたしは混乱すると周りがまったく見えなくなる。


パニック状態になりやすいんだ。


そういえば、この人にお礼を言って別れた記憶がない。



「おまえ、ひどい言いようだな。こっちは痴漢にあったばっかで電車乗るの怖いんじゃないかと、心配してたのに」