佐野先生に促されて、階段に腰かけた。
続いて、佐野先生があたしの右隣に座る。
座った状態になると、今自分が着ている浴衣が視界に映り、また涙が出そうになった。
そんなあたしを知ってか知らずか、佐野先生はこっちを見て、核心をついてくる。
「何かよくわからないんだが、聞いていいか? 何で急に走りだしたんだ?」
聞いていいか、なんて言いながらもあたしの返事を待たずに聞いてくる。
佐野先生は意地悪だ。
「…この浴衣、あたしと安藤先生の初めてのデートの時に着ていたんです」
まだ付き合ってはいなかった。
それでもなんとか無理やり夏祭りに誘って、安藤先生のために新しく買った浴衣だった。
あたしは、ひざの上でギュッと手をにぎり、まるでにらむように浴衣を見ていた。
どうしてかわからないけど、佐野先生の顔を見れない。
「今日いきなり花火に誘われたから、他に浴衣なかったんです。
着る時はもう大丈夫だと思ってました。でも、安藤先生の前にこの浴衣姿で立つことはできなかった。
忘れたはずの悲しさが一気に押し上げてきて、気づいたら逃げてました」