その夜、健児から電話がかかってきた。


「どうして僕を残して帰ってしまったんだよ。まだ僕の愛情が足りないのかい?」


 また歯の浮くような台詞に凛花はうんざりした。


「そういうんじゃないけれど、もうああいうことはしないで。恥ずかしいじゃない」


「僕の愛情が恥ずかしいというのかい? あぁ、どうして君に僕の愛情が伝わらないんだ」


 結局話し合っても、彼とは意見が平行線のまま。健児と付き合い始めてまだ二ヶ月、もう彼とは別れようかと考えている。電話を切る前に、明日会う約束をさせられた凛花は、明日やっぱり別れを切り出そうと決心した。


 待ち合わせの場所に行くと、健児は大きな薔薇の花束を抱えている。
 近づくと、健児は満面の笑みを浮かべ近づいてきた。


「凛花~、来てくれたんだね。良かった。これ、綺麗だろう? 凛花の方がずっと綺麗だけどね」


 そう云って健児が花束を渡す時に、凛花は見てはいけない物を見てしまったような気がした。何と、健児のTシャツには凛花の顔写真がプリントされていたのである。

 凍りつき、花束を受け取る手からは力が抜け、花束はスローモーションのようにアスファルトへ落ちていった。


「凛花、どうしたんだよ」


 健児が不安そうに、凛花の顔を覗き込んだ。


「……れよう」


「えっ? 何て云ったの?」


「別れよう健児。これ以上あなたと付き合えない」


 すると健児は落ちた花束のように、アスファルトへ崩れ落ち叫んだ。


「何云ってるんだよ! 嘘だと云っておくれ! 別れるなんて考えられない。君を失いたくないんだ。さぁ、冗談だよと笑顔を見せておくれ」


 まさに三流のミュージカルを見ている気分だった。

 頭に浮かんだ言葉は、ミュージカル男……。

 凛花は健児と二ヶ月の恋人期間に終止符を打った。