「百合は男いるんだって?」


あたしは多分、睨むようにジローを見ていたのかもしれない。


そんな顔しないでよ、と彼は言う。



「香織が大声で喋ってたから。」


「だったら、何?」


「仕事辞めたいとか、思う?」


この男と、こんなにも話したのなんて今までになかったろう。


だからって別に、打ち解けているわけではないけれど。



「辞めたいって言ったらどうするの?
あたしに色でも掛ける?」


「そうなるかもしれない。」


相変わらず、ジローは真顔だ。



「わざわざ教えてくれるなんて、アンタ馬鹿だね。」


灰皿に押し当てた煙草が、ジュッと焦げ付く。


彼の視線はいつも、あたしに真っ直ぐに向くことはない。



「心配しなくても、この仕事は続けるわよ。」


アンタとヤりたくはないからね。


吐き捨てるようにそう付け加え、車から降りた。



「いってらっしゃい。」


いつもと同じ言葉だった。


ちっとも心込めることもなく、嘘臭い笑顔さえ作らない。


あたしも、誰も、そんなジローの瞳には、最初から映ってさえいなかったのかもしれないけれど。