「わざわざ正門前でなくても、音楽室に来ればよかったのに」


やがて現れた部長は、来るなりそう言った。


「いや……ますますウワサになると思って」


「別にいーじゃん。言わせておけば」


顔を左右にフラフラと揺らして、いつものひょうひょうとした部長の言い草だ。

「行こうか」


部長はそう言うと、歩き出した。


「どこに行くんです?」


「どうしよっか。どっか、飲み行く?」


「おつまみなら、私つくりますよ」


「そっか。サンキュ。じゃあ、近くのスーパーに行って、酒と材料買っていくかぁ」


「はい」


部長が、私の横を歩いている。


だけれども、手を繋ぐでもなく。


肩を寄せ合うでもなく。


友だちでも恋人でもない、ただの先輩後輩なんだもの。


だけれども、部長はどうして私なんかを誘うの?


私はどうして、部長と一緒にいたいと思うの?


だって、心配なんだもの。

私とか、……誰もいないところで、お酒をあおって、泣いたり暴れたりするかと思うとやるせない。


部長を傍から見て、今まで哀愁漂う面も気になってはいたものの、実際のところ、家があんなになるまで荒んでいたなんて……。


「どした? もえぎちゃん。信号変わるよ」


「あ、はい」


昼間の部長はちゃんとしている。


部長という役も、指揮者という役もしっかりやっている。


だけど、夜は私の膝で泣くような、そんな人格になる。


東雲部長に、何かがあったんだろうな。


悲しみも、悩みも、なにもかも煩わしいことは、この世からなくなればいいのにね。