黒の生け贄。〜悪魔は笑う〜

紅茶から湯気がほんわりと風船の様に膨らみを持ちながら天井に向かっている。


その湯気のカーテンの奥から美千代さんの顔が見えた。



美千代さんには似合わない悲しげな表情を浮かべながら私に向かって口を開いた。



「亜美ちゃん…………変なことに巻き込んでごめんさいね」



美千代さんは少し掠れた声で私に謝罪した。



「いえ、号君を助けてあげることが出来なくてごめんなさい」



私は何も出来ずに、ただあの光景を見るだけだった。
私が、号君を止めていればこの最悪な結末にはならなかったのではないか……………。



私が号君を殺したと言われても否定は出来ないと思った。


美千代さんは悲しげに私の謝罪に「亜美ちゃんは何も悪くない」と言って、それから事件の話をしなかった。



その後も美千代さんと数十分ぐらい話した。



号君は海老フライが好きだったとか、号君の小さい頃の話を美千代さんは偽りのない笑顔で私に向かって喋っていたが、美千代さんの笑顔を見ると私は胸をナイフで突き刺されたように苦しかった。



リビングの右に襖があり、襖を開けると七畳ぐらいの畳の部屋が現れる。



そこには仏壇が設置されており、観音開きに開いた仏壇の中には号君の写真が立てられている。



私は号君にお線香を焚いてあげようと椅子から立ち上がろうとするとき、美千代さんは悲しげに笑い「号にお線香を焚いてあげて」と言われ、私は顎を引きコクりと頷いた。



私は仏壇の前に正座で座り、正面の号君の写真を見ると不謹慎ながらも落ち着くような感覚になる。



ライターでお線香に火を付けて軽く振ると火種になり煙がすっと天井に向けて上がっていくお線香を仏壇にお供えした。



号君にお線香を供えたからそろそろ帰ろうと立ち上がると、私の後ろから美千代さんの声が聞こえた。



「亜美ちゃん、今日は泊まってくれる??お父さんも久しぶりに亜美ちゃんに会うと喜ぶだろうから」



私は、少し悩んだが美千代さんの好意に甘える事にした。
私も浩司さんに久しぶりに会いたいと思ったからだ。


夕食の手伝いをすることになったのだが、私は料理が苦手なのだ。
その事を美千代さんに恥ずかしがりながら伝えたら、優しく笑いながら料理を一から教えてくれた。



キッチンは綺麗に整理されており、モデルマンションのキッチンみたいだと私は思った。



今日のメニューは『ヴィーナー・シュニッツェル』ドイツの肉料理らしい。
薄く切った肉をさらにステーキハンマーで叩き、小麦粉をたっぷりつけ、溶き卵に潜らせパン粉をつける。



パン粉を挽き立ての黒胡椒で味付けしておく。
そしてやや多めのバターかラードで炒め揚げすると完成らしいのだか、私には難しいので野菜サラダとコンソメスープを作ることにした。


美しい手際で料理を作る美千代さんに見とれながら私も頑張ってコンソメスープと野菜サラダを作った。



まぁ、野菜を切るだけなのだが、私からしてみればかなりの進歩なのだ。



テーブルに食器を並べながらヴィーナー・シュニッツェルの香りに心を奪われていた。



すると玄関からただいまと浩司さんと思われる声が私の鼓膜に響いた。
浩司さんは私を見ると懐かしいと驚きながら、私に微笑みを見せた。



少しの違和感はあるが、私と美千代さん、浩司さんの三人で食卓を囲んだ。



ヴィーナー・シュニッツェルの肉を右手のフォークで刺し、左手のナイフで肉を一口サイズ切り、一口サイズになった肉を口に運ぶ浩司さんの姿を、私と美千代さんはじっと見つめた。



「うまいっ」と浩司さんが私と美千代に向けて放った。私と美千代さんは顔を見合せて軽くガッツポーズをした。



浩司さんの言葉に満足した私と美千代さんはヴィーナー・シュニッツェルを食べ始めた。



お風呂の浴槽の中に甘ったるい蜂蜜を流し込んで肩まで浸かってるような、幸せな空気が食卓に充満していた。



浩司さんは楽しそうに私と号君の幼い頃の話を昔話のように話していたが、浩司さんと美千代さんの瞳から透明で生暖かそうな涙が流れていた。



浩司さんは左腕で涙を拭きながら私に「ありがとう」と笑った。



ただ私は、美千代さんと浩司さんの手を握りしめることしか出来なかった。



食事も済ませて浴槽の中で私は考えていた。



多分、浩司さんと美千代さんは号君の趣味の事を知らないのだろう。
もし、趣味の事を知ったら悲しむだろうなと思うと私は堪らなく悲しい。



だから、号君の趣味のことや動物虐待事件のことは、私の胸の中にずっと閉まっておこうと改めて思った。


体の汚れを洗い流すように人の悲しみも流せたらいいのにと自分の幼稚な考えに苦笑した。



そして、私はお風呂場から出た。
私は二階の号君の部屋で寝ることになっている。



元々は美千代さんの寝室で一緒に寝る予定だったのだが、それでは浩司さんがリビングのソファーで寝なければならないという状況になるので私は号君の部屋を貸してもらうことにしたのだ。



号君の部屋は綺麗というよりも物があまりなく殺風景だと思った。



ベットに寝転がると布団から号君の匂いがして、私は号君に抱き締められているような感覚になった。



ふと、勉強机を見たら右側の鍵付きの引き出しが気になり、私は徐に勉強机の鍵付きの引き出しに手を掛けたのだが鍵が掛かっているため開かなかった。



私は机の周辺を探したが鍵が見つからず、椅子に座ってブラブラと体を揺らしていたら金属が落ちる音が私の真下で聞こえた。



腰を折って椅子の周辺を調べたら、歪な形の金属が転がっていた。



その歪な金属は鍵らしく、持つ所は平べったくて丸く、先端はでこぼことしている。
鍵にはNO,2と彫られていることからスペアキーだろうと私は思った。



鍵には少し粘着性があり、指がぬめっとした。
椅子の裏を覗くとガムテープがひらひらとぶら下がっていた。
椅子の裏にガムテープで鍵を覆って隠していたのだろう。



私は鍵付きの引き出しの鍵穴に拾った鍵を挿し込み右側に捻ったらロックが外れる音が鳴った。
引き出しの中にはクリアファイルが二冊重なるように置いてあった。



私は二冊のクリアファイルを机の上に置き、ページを捲ってみるが、捲る度に色んな絵が現れる。



そのすべてが殺害現場らしき場面や首を吊った自殺者の絵なのだ。



多分、これらの絵は号君が直接描いたのだろうと思った私は、自分の体温がじわじわと冷めていくのが解った。



力強く描いた絵は荒々しさが見えて不気味さをより引き立たせており、リアルを感じた。



まるで、現場でシャッターを押した写真を見ているような錯覚に私は襲われた。


号君はどのようにして、この絵を描いたのだろうか。号君の瞳にはこの世界はどのように見えていたのだろうか。



テレビを見れば殺人や自殺、強盗などが支配している。この世界は一人一人が欲望を持ち、自分の欲望のために容易く人を殺める、非現実的な現実を当たり前のように繰り返される。



私は、ふっと号君の言葉を思い出した。



「人間の最高の美学は『死』なんだよ、人は『死』から始まり『死』で終わるんだ。人間はその『死』のサイクルを繰り返す、『死』は大事な美学なんだよ」



人間は知らぬ間に『死』という恐怖に興味を持ち始め、人間は絶対存在の『死』のサイクルに表面上では苦しみ嘆くが裏では……………………………。



ひょっとしたら、正常ではないのは私達なのではないか…………………。



欲望を隠して生きる私は、爪を隠した悪魔ではないのかと。



号君が描いたこの数々の絵は、本当の人間像なのではないかと私は思った。




浩司さんと美千代さんに見つかるとまずいので、クリアファイルを自分の鞄の中に入れて持ち帰ることにした。



それから私はベットに潜り込み、矛盾な正義感と欲望抱きながら瞳を閉じた。
私は美千代さんの声で目を醒ました。
カーテンから朝の光が漏れ暗い部屋を切り裂くように部屋の真ん中を区切っていた。



リビングに降りると浩司さんはスーツ姿で食卓用の椅子に座っていた。



すると、パンの香ばしい匂いが私の鼻を優しく刺激した。



私は美千代さんに誘導されて食卓用の椅子に座った。浩司さんは「よく寝れたかい」と私に聞いてきたので私は「よく寝れました、そのおかげで寝坊しましたけど」と笑いながら伝えた。


美千代さんと浩司さんは笑いながら私に「寝る子は育つ」と二人は口を揃えた。



数分後、仕事に行く浩司さんを私と美千代さんは見届けた。
その後、徐に美千代さんは学校のことを私に聞いてきてきたので、3日ぐらい休みを取ることを伝えた。



それから、私は号君の部屋にクリアファイルを入れた鞄を取りに行き、美千代に挨拶をして号君の家を出た。



帰り間際に美千代さんは「また来てね」と寂しそうな表情を私に向けた。
私は「喜んで」と笑ったら美千代さんも満面の笑みを浮かべた。
その時、私は可愛い人だなと改めて思った。



号君の家から私の家は少し距離があるのでバスを利用することにした。
バスの中はガラガラで人気が無く貸しきり状態だった、あぁ、田舎の特有の光景だと私は笑った。



バスに揺られながら鞄の中から号君のクリアファイルを一冊取り出して膝の上に広げた。
私は号君の絵を見ながら妙な感情に襲われたのだ。



愛しくて堪らなくなり、体の中から沸き上がる熱くて生々しい感情が身体中に充満していることに気づいたのだ。



こんなにも、号君に盲目になっていたとは自分自身も知らなかった………いや知っていたけど知らない振りをしていたのだ。



昔から私は号君を独り占めしたかった、学校で号君に近寄る女子生徒をが妬んで『殺してやろう』と思ったこともあった。号君に好意を持つすべての女性を敵対視していたのだ。



ただ、私は理性でその衝動を止めているだけの状態だった。



私にも欲望があるのだ、号君を独り占めしたいという欲望が……………。



やはり私は、悪魔だなと思う、嫉妬と欲望という爪を隠している悪魔なのだと。


私はクリアファイルを大事に鞄の中に戻し、バスを降りた。



私は家には向かわずに商店街を目指した。



それは『あることをする』ために………………。



商店街は人々が波のように揺れていた。
この人々も欲望を隠している悪魔なのだろうなと私は思うのだ。



誰も他人の心の中は知らない。
知らないからこそ自分が描いた理想像を相手に求めるのだろう。



私は商店街の中心に立ち、そっと眼を閉じた。



笑い声、無数の足音、スピーカーから流れる甘ったるいラブソングが私の鼓膜を揺らした。



しばらくすると、真っ白な空間に移動したかのように雑音も私の耳から消えた。


その真っ白な空間の中に号君が立っているのを見て、私が笑うと号君も微笑み返してくれた。



私はゆっくりと眼を開けて鞄の中から取り出した。
臨時ニュースです。
先程、美島商店街で無差別殺人が起きたという情報がこちらに届きました。



犯人らしき人物か果物ナイフのような物で無差別に通行人を刺しているようです。



こちらに届いている情報によると死亡者が数名出ているそうです。



犯人らしき人物は商店街から姿を消しているため、警察は人数を増やして犯人を追っているようです。
またの情報が届きましたらお伝えします。



美島の皆さま不審者がいましたら警察に報告をよろしくお願いします。

すみません、現場にリポーターがいるらしいです。
現場の松平さん、松平さん。






「はい、現場の松平です。数名の負傷者が今、救急車に運ばれています。現場の所々に生々しい血痕が残っております。」


リポーターは耳のイヤホンでキャスターに指示を受けて
「その犯行現場を目撃した人にその時の状況を聞いてみたいと思います」


とリポーターはマイクを目撃者に向けた。



目撃者の男性は真っ青な顔をしながら、女性がバックからナイフを取り出し、無差別に通行人を刺したのだとリポーターに説明した。



そして、犯人らしき女性の体が赤黒い血で染まっていて、まるで黒い悪魔だったと最後に付け足した。






現場からは以上です。








ゴウクン………………………………………………………………………マッテ…………………テ………………………………………ネ……………………………………………………………………………………………ワタシガ…………………………………………………………………………………………………………………ヨミガエラセテアゲルカラネ。

作品を評価しよう!

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:4

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

永遠の交差点〜静寂の狂乱〜

総文字数/1,364

ミステリー・サスペンス2ページ

表紙を見る
漆黒の少女。

総文字数/22,948

ホラー・オカルト35ページ

表紙を見る
優しく撫でる嘘。

総文字数/5,626

ミステリー・サスペンス10ページ

表紙を見る

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア