ユリは単身、校舎に戻って来ていた。
今いる場所は管理棟の二階、生物準備室だ。この生物準備室には、生徒が絶対に触れてはいけないという扉があった。生物準備室内に設けられた一つの小部屋……というよりは、物置のようなこじんまりとしたスペースに、劇薬がズラリと並べられている。
ユリは鍵束の鍵をいくつも試し、黄色い印のついた鍵でドアを開けた。
「これでいいわね」
カタカナでかかれたラベルの貼られたいくつものビン。ユリはその中から濃硫酸のビンを取り出した。

ドアをゆっくりと閉めたユリに悪寒が走った。
ミシッ、ミシッ、ヒタッ。
《まずいわ、隠れなきゃ》

実に久々に聞く怪物の足音だ。
ユリは準備室の別のドアから、隣の生物室へと移動した。
……ヒタッ、ミシッ、ヒタッ。
足音は次第に近づいて来る。
ユリは教壇の中で隠れて待った。ドッ、ドッと心臓が早鐘を打つ。
《おちついて、おちつけば大丈夫》
胸を抑えて懸命に自分に言い聞かせる。
ミシッ、ヒタッミシッ……ギィィィ。
怪物は、僅かに開いていた準備室のドアから中に入ったようだ。
《今だ!》
ユりは物音を立てないように、素早く生物室から廊下へ出るドアまで移動し、内側から鍵を外して廊下へ出ると、脇の非常階段から外へ脱出した。
怪物は全く気づかなかったようで、ユリはなんなく回避に成功した。
体育館の魅奈に濃硫酸のビンを渡すと、ユリは再び校舎の方へと戻った。彼女にはまだ、やらなくてはならない仕事があるのだ。