私は誰なのだろう。
名前も決まらず。
さまよい続けている。

私には形がなかった。
見る事もできなければ、聞く事もできない。


いや、違うな。
正確に言えば、見るとか聞くとかの五感は生物に与えられたもの。
人の言葉をかりれば、むしろ私は第六感の者と言える。

遥か昔からこの世界にいる私。
私はもうこの世界なのかもしれない。

そう。人は私にいろんな名前をつけた。
「神」とか「仏」とか。

不思議な気分だ。
自身でさえわからない名前をなぜ人は私につける。

姿なき私に存在など有り得ないと言うのに。

名前をつける事で、私を近い存在と位置づけ、自分達のすがるべき何かにしたいのであろうか。


だが、私にすがれば、すがるほど人は私から遠ざかっていく。

なぜなら、人間は自身の中にこそ真実を見つけるべきから。

私が人を超越した者である事は認めよう。

だが、人はそれぞれの内に自分の可能性を超越した何かを持っている。

人は私の分身。
私も人の分身。

人は私になれるし、私は人にもなれる。

だから、私を見ようとするのではなく、自分の心を見つめろ。

自分だけの答えが。
私にもわからない真実がそこにはあるはずだから。


私を想ってくれる事は嬉しい。
私に涙を流すことができれば、そうしたいほどに。
でも私を全てだと思ってはいけない。

私自身、変化を続けている未完成なものなのだから。
私と人間は密接に係わり合っている。


人が成長するべきに必要なものは自分の体を通しての経験だ。


体が無ければ食べる事も動く事も生きる事さえできない。


だから、生まれ持って与えられているその体こそ自身が経験を積むために重要なものなのだ。


私にはこの世界で自由に動ける体がない。

体を持たぬ私は自分の意思で自由に経験を積むことができない。


だから私は、私の中で経験を積むお前達を見て成長する。


つまり君達が感じた想いが私自身を成長させるのだ。


だから私がどんな形になるかはあなた達次第。


私は「世界」というただの器にすぎないし、

私を何で満たすかは君達が決める事なのだから。


私がどんな形に変わろうとそれは君達が決めた一種の運命。


どんな悲しい未来が見えようと、私はそれを受け止めるだろう。

最後まで君達の選択を信じて…。
太古の昔から私は変化を続けていた。

やさしさ。
温もり。
楽しさ。
苦しみ。
痛み。
絶望。

様々な感情が私の中を駆け巡っていく。


それは全てあなた達の気持ち。


私とあなた…。


今日も、私はあなたを側で感じている。


幸せな未来を信じながら…。

人生は自由だ。
俺はやりたいようにやるし、俺の前に立つ奴は全員シバキあげる。

俺は富塚聡志(とみつかさとし)。
17歳。
洛兆高校2年。

金髪にピアス。

座右の銘は「けんか上等」。

初めて俺は見た奴は、俺の事をただのチンピラと思うだろう。

だが、俺はそんなくだらねぇもんになるつもりはねぇ。


俺は俺にしかなれない俺自身になってみせる。

そこら辺のヤカラと一緒にすんなよ。

そんな俺の一番大事なものは「ダチ」だ。
ダチのためなら命だってくれてやる。

徹(とおる)、雅樹(まさき)。
こいつらとは特にうまがあう。

隣の高校に殴り込んだり。
ヤクザをボコボコにしたり。

ハチャメチャな毎日だ。


だがこいつらといると笑いが込み上げてくる。


心底笑えねぇ大人達より、よっぽど楽しい人生だ。


よく担任のセンコウが「将来の事を考えろ。」
とか言ってたっけ。

ふざけんな。
今をさしおいて、どうしろと?
先の事なんて知らねぇよ。

俺は今いるダチとバカをしている事が心底幸せなんだ。

こいつらに会えた事に本当に感謝している。

邪魔すんなよ。

だいいち、そんな大層な事を言う大人達ほど、中身が空っぽのくだらない奴ばかりだ。

そんなに偉くなりたいなら勝手になれば良い。

出世?

勝手にしてろ。

だいたいお前らに本当のダチはいるのか。

いないだろ。

お前らといても笑えない自分が想像できるから。

まあ良いさ。

俺はダチを何よりも大事にする。

ダチがあっての人生だ。

俺は大人になっても、そう言いきってみせる。

学校帰り。

徹と雅樹と俺はいつものようにパチンコを打っていた。

大人達の中、学生服を着た三人が並んで台と向かい合う。

しばらく打っていると、若い男の店員がこっちに近づいてきた。

気が弱そうな奴。
店員は俺の前で立ち止まると目を合わせないように俯きかげんに呟いた。

「未成年の入店は禁止されていますので…。」

店員は言葉に詰まりながらも何かボソボソと呟いている。

イライラする。
いつもそうだ。

こいつら大人は俺達を外見だけで、腫れ物のように扱おうとする。


できるだけ近づかず、係わり合わないように。

俺達の内面を見ようともせず。

こいつも自分の意思ではなく、店長に言われて俺達を注意しにきたのだろう。

本当は近づきたくもないくせに。

自己主張の乏しいくだらない世間。


「不良」
そんな世間が俺達につけた呼び名。

「不良」=良くないもの。

そう読んで、世間は影で俺達を笑っている。

面と向かい合うわけでもなく。

コソコソと。

阿保らしい。
ふざけんな。
俺達はこの格好がカッコイイと思ってるから、こうしてるだけだ。

それ以上はないし、
それの何が悪い。
大人の「ファッション」と何も変わりがねぇじゃねぇか。


大人達は「学生は真面目に風紀をみださずに生活する。健全育成のため。」

そんな言葉を俺が産まれる前から言っていた。


本当にくだらねぇ。
俺達は今を生きてる。
選択の自由もある。

大人になるまで、やりたい事を我慢しろとでも?子供はしおらしく生きろとでも?
そう言うのか。

糞くれぇだ。

だいたいギャンブルだって、なんで未成年がしたらいけねぇんだ。

意味が分かんねぇ。

いつも大人は俺達をガキあつかいするし、意味のねぇルールにはめようとする。

だから枠にはめられたガキはくだらねぇ大人になっていくんだよ。

自己主張をせず、社会の言いなりになるような。

不良だと?
お前達大人の言う事を聞かないからそう呼ぶのか?

多いに結構。
俺は、お前達のような大人にはならない。

どんな時でも、俺は自分の歩くべき道は自分で決めるさ。
俺は席を立ち、前に立っていた店員のむなぐらをつかむ。

睨みをきかせ、店員に大声で言い放った。


「俺達のどこが未成年なんじゃ。理由を言え。テメエが大人なら、俺の目を見て話せ。」

俺の声を合図に雅樹が打っていたパチンコ台を蹴り倒す。
台は壊れ、床にはパチンコ玉が散らばる。

辺りは沈黙に包まれ、この状況を黙って見ていたギャラリーに徹が言い放つ。

「見てんじゃねぇよ。文句があるならかかってけぇ。」

その言葉にギャラリーは、全員視線を反らす。


「うっうっ…。」

気づけば、店員をはションベンを漏らしていた。

涙をうかべ、俺の前で体を痙攣させている。


「しらけた。くだらねぇ。」
俺はバツが悪そうに店員のむなぐらから手を離した。


何だろう。
この胸糞悪い気持ち。
俺は俺の思うがままに行動しただけだ。

俺達を外見で見下している大人に反発してやっただけだ。


俺達は正しい。
なのに何だ。
イライラする。

俺が目指す俺は、弱い奴を助け、強い奴を倒せる俺。

弱いものイジメなんかがしたいわけじゃない。


でも、今の俺の姿はまるで…。

心に沸き上がる疑問に俺はただ立ちつくしていた。

そんな俺の肩を徹が軽く叩く。

「行こうぜ、富塚。コイツらにゃわからねぇよ。」


徹の言葉は俺にとって意味深で、まるで心を見透かされているように感じた。

その真意はわからない。

でも俺にとってその言葉は救い以外のなにものでもなかった。

「ああ。」



気がつくと俺達三人は走っていた。

後ろからはパトカーのサイレン。
横には、必死に逃げる二人の顔。


ぷっ。
俺は思わず吹き出しそうになる。
悩んでいた自分がバカらしくなるほどに。


お前らがダチで良かった…。
俺は心からそう思った。


快晴の空の下、どこまでも走り続ける俺達。

世間からどんなに疎まれても、俺にはその状況が幸せに思えた。
何とかパトカーのサイレンから逃げ切った俺達。

三人とも肩で息をしている。

俺:「お前が台を蹴り倒したからだぞ。」
雅樹:「お前が店員のむなぐらを掴んだから。」
俺と雅樹は疲れで汗だくになりながらも口喧嘩をする。

徹:「結局パチンコをしていた時点で俺達は同罪だろ。」
俺、雅樹:「まあね。」
徹:「はははは」

徹は口喧嘩をする俺達を見て、腹を抱えながら笑ていた。

その顔は実に楽しそうで…、
つられて俺達も笑ってしまう。

徹:「まあ、両成敗って事で帰ろうぜ。」
徹は頭をかきながら言った。
俺、雅樹:「ああ。」

家路への途中、雅樹は彼女との用事があるからと言って、俺達と早々にわかれた。

夕暮れの中、俺と徹は二人でしばらく歩いていた。

「あの時、何を考えていた?」

徹の思いがけない質問に俺は足を止める。

「あの時って?」

「ほら。店員がションベンをもらした時。何か考えてたろ?」

「まぁね。」

「長い付き合いだろ。」

徹は、恥ずかしそうに少し舌をだした。

俺は、徹の質問に少し考える。

「そうだな…。」

何か答えようと、あの時わいてきた感情をゆっくりと思い出す。

「…………。」

しかし、考えても、考えても、上手く言葉にできないと言うのが本音である。


それに、悪い事をするのが当たり前だという不良の世界で俺の考えが徹に受け入れられるとは到底思えなかった。


「自分のしている事に疑問を感じたんだろ。」

徹がふいに呟く。

「えっ」

的を得ている答えに驚き、俺は徹の方を見た。

お互いの視線がぶつかり合う。

俺もそうだと言わんばかりの真っすぐな目。


その瞳は、熱く、温かいものに満ちている。

俺の瞳は…。

俺の瞳は徹にどう映っているのだろう。

わからない…。

けど、その瞳に嘘はつきたくなかった。

俺は何とか考えを整理する。
「徹。俺達は不良じゃねぇ。俺達は俺達だ。弱い奴を痛めつけても何も面白くねぇ。強い奴を倒し、そうじゃない奴は守ってやりてぇ。だがよ、さっきの俺達はまるで逆じゃねぇか。情けねぇ。そう思わねぇか。」

徹は俺の問いかけに少し考えていた。

俺はため息をつき、空を見上げる。

空はどこまでも、広く、そして大きく、俺は自分がひどく小さな存在に思えた。

しばらくの沈黙の後、徹はそんな俺に話しをする。


「富塚。俺もお前と同じ気持ちじゃ。だが、しょげても始まらねぇ。俺達はまだガキじゃ。じゃけ、これからデカクなっていけばいいんじゃ。だろ?」


ネガティブな俺とは違い、こいつはいつも前向きだ。

その前向きさがアダになる事もあるが、今はこいつの意見が正しいと素直に思った。

過ぎた事は仕方ないさ。

「そうだな。次に同じ失敗はしないよ。」

「お互いにな。」

俺と徹はどちらともなく、お互いの拳をぶつけ合う。

それは男同士の約束。

拳に微かに残る痛みが心地良かった。


しばらく歩くと、ある分かれ道についた。

ここからは、お互いの進むべき道が違う。

先に、徹が俺に声をかける。
「また、明日な。」

大きく元気な声で。

俺は少し照れる。

「おう。覚えてたらな。」

俺は少し悪態をつき、何とか照れをごまかした。

徹は笑みを浮かべ、俺に背を向けるとゆっくりと家の方に歩いて行った。


遠ざかる背中。


その背中を俺は生涯忘れないであろう。


俺の親友であり、良き理解であったあいつ。


どんなに悔やんでも、あの時には戻れない。


次の日の朝、久しぶりに遅刻をしなかった俺。
チャイムが鳴り、教室に担任が入って来る。


また、くだらない授業が始まる。
いつもの情景。

俺は一つあくびを入れた。

しばらくの沈黙。

担任がなかなか喋らない。

ながいな…。

俺は机にひれ伏す。

寝ようと思い、まぶたを閉じたとき聞こえてきたのは、

徹の死の知らせだった。


俺は走っていた。

教室を飛び出し一目散に徹の家を目指す。

嘘だ。
そんな事。
俺は信じない。


担任の言葉が脳裏をよぎる。

「昨日の夜の帰り。歩道に突っ込んできたトラックに……。」

そんな。
昨日はあんなに元気だったじゃないか。
俺に「また明日って」。


俺の頭は真っ白になっていた。

何度も徹の携帯に電話する。

その電話には当然のように誰も出ない。

「どうか悪い夢であってくれ。」

俺は心から祈った。


徹の家に着いた俺は、肩で息をしながら、チャイムに手をかけようとした。


俺の手がふいに止まる。


怖い。
現実を見るのが。
徹が生きているといつまでも信じていたい。


でも本当はわかっているんだ。

担任が嘘を言うはずはないし、これはまぎれもない現実だ。

でもそれを認めてしまったら何かが壊れてしまいそうで……。

失うものが自分にとってあまりにも大きすぎて…。

怖い。

徹。お前が俺ならどうする?

こんな現実を受け入れる事ができるのか。

俺は小さくため息をつくと静かにチャイムを押した。

俺は、しばらく玄関から出てくる誰かを待つ。

長い。

その誰かを待つ時間はまるで永遠のように長かった。

しばらくすると、玄関から一人の女性が出てきた。

見覚えのあるその顔。

目は腫れ、髪はボサボサ。その姿は本人のものとは思えないが、それは紛れも無く、徹の母「美里(みさ)」の姿だった。
俺にかける言葉は見つからない。

彼女の乱れた姿を見た時、
一番心の底から悲しんでいるのはこの人である事がわかってしまったから。

俺も心の底から悲しい。今すぐこの場で泣き崩れたいほどに。


でも一番の被害者であるこの人の前で悲しい顔をするわけにはいかない。

そう思う自分がいた。

「富塚君…。」

彼女は俺の前で大粒の涙を流していた。

俺には何もできない。

何も…。