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 コンコンと書斎の扉を叩く音に気が付き、宝石王ユージンは書類の束へサインを繰り返す手を止め、ノックの主に入室の許可を告げた。
 が、入ってきた小さな影を確認するなり、彼は隠そうともしない露骨な渋面を見せる。
 この書斎は彼の神聖な仕事部屋であり、彼は仕事の邪魔をされる事を酷く嫌っていたが、不愉快そうな表情の理由は、どうやら他にあるようだ。
 そこには、彼が一番大切にしている宝石が在った。
 この石はあらゆる意味で他の品とは全く異なる、世界に一つしか存在しないレア中のレア。
 だからこそ、彼は大事な客人が屋敷を訪れた時は必ずその石をお披露目したし、その石が汚れたり傷ついたり盗難されたりする事を何より恐れているため、不用意に外へ持ち出したりも、絶対にしなかった。
「────……」
 ざらついたノイズが頭の中に反響し、ユージンは思わず顔をしかめる。
 激しいノイズ混じりではあるが、実は彼、宝石王ユージンは宝石の言葉を聞く事が出来るのだった。
 しかし、どんな石からも声が聞こえる訳ではない。
 最も大切にしているこの石の言葉だけが、年を重ねる毎に少しづつ内容が理解出来なくなってきているとは言え、朧げに理解出来るのだ。
 その声を聞く度に、彼の胸の奥は何故か激しく締め付けられる。
 無論、医者には相談していない。
 石の声が聞こえ、しかもそれを聞く度に胸が苦しくなる、などと言えるはずがない。
 そんな事を言えば、間違いなく彼は病院に詰め込まれ、治療という名の監禁を強いられる事になるだろう。
 そうなれば、せっかく順調に進んでいる事業に、差し支える事は間違い無い。
 だから、彼はこの症状は精神の異常などではなく、神が自分に与えた宝石王たる資質であると勝手に解釈していた。
 石の声を聞き、業界を上り詰めた男。
 誰に言えるでもない不思議な力ではあったが、業界の頂点を取る者には相応しい、特殊な力であり、エピソードであると言えまいか。
 そう自分に言い聞かせ、彼は彼なりに不思議な石と折り合いをつけて、上手く仕事をこなしているのだ。
 問題があるとすれば、それは語りかけてくる宝石の方である。
 最近はだいぶ大人しくなったとはいえ、その石はまるで意思があるかのように、勝手に〝動き回る〟のだ。