「それに、今はせっかく
の旅行中なんだから存分
に楽しまなくっちゃ」
紗奈恵はそう言って笑い
かけると、弥嘉の顔を強
制的に窓へと向かせた。
そこには、普段は見慣れ
ないのどかな田園風景と
幾重にも連なる壮大な山
山が途切れることなく広
がっていた。
「そ……そうですね」
目の前で次々と流れ行く
景観を眺めながら、弥嘉
はあたかもバスの穏やか
な揺れに従うように一度
だけコクリと頷いた。
「う、う……ん」
「――すみません。起こ
してしまいましたか?」
「いや、大丈夫だ」
言葉の上では平然を装い
ながらも流石に睡魔には
勝てないのか、壱加は席
にもたれかかったまま何
度も瞬きを繰り返した。
いかにも気だるそうな様
子を見せる壱加に申し訳
なさを感じると、弥嘉は
徐に左側を向いて声量を
落とし始めた。
「ところで、私だけ皆様
とご一緒して本当に宜し
かったのでしょうか?」
「隊長直々の命令だった
んでしょ?だったら平気
なんじゃないかしら」
またもや不安で眉をひそ
める弥嘉をよそに、紗奈
恵は至極あっけらかんと
した口調で言い放った。
すると、先程までうつら
うつらしていたはずの壱
加が突如として二人の話
に割り込んできた。
「隊長って、例の事件の
時運転席にいたイカつい
オッサンのことか?」
「え、ええ。本来なら私
も班と合流して警備する
ところだったのですが、
三沢隊長が“壱加の守護
者なら近くで護衛しろ”
と仰ったものですから」
壱加の発言によって旅行
前の他愛ないやり取りを
思い出したのか、弥嘉は
不意に苦笑を漏らした。