一向に声が聞こえてこな
いのを不審に思った女性
は徐に後ろを振り返る。
「何?どないしたん?」
すると、未だ手紙に視線
を落としたままの壱加が
ポツリと呟いた。
「……明日出かける用事
とかあったりするか?」
「随分藪から棒やね?」
「いいから答える」
先刻とは打って変わった
鋭い口調に、女性は些か
たじろぎつつも答えた。
「――明日から一週間、
友達とグアム旅行……」
「それキャンセルしろ」
「何やのそれぇ~!?前々
から約束してたやつやし
お金もったいないし今更
それは無理な話やわぁ」
突然且つあまりにも強引
すぎる言い分に、女性は
口を尖らせながら何度も
右手を横に振った。
それを目にするなり壱加
は顔を上げて女性を正面
に見据えた。
「……必ず弥嘉をここに
連れて来るから、頼む」
「えええっ、ほんま~!?
じゃあ速攻で断りの電話
入れてくるわぁ」
拍子抜けする程あっさり
とそう言い放った女性は
コンロの火を止めた後、
足早に電話のある方へと
向かっていった。
『あっちの方がよっぽど
弥嘉好きじゃねぇかよ!!
それにしても、前からの
約束を一瞬のうちに破ら
せるアイツって一体?』
楽しげな表情を浮かべて
受話器を耳に当てる女性
を眺めながら、彼は弥嘉
の存在感の大きさにある
種の恐怖を覚えた。