未だ女性の顔からは心配
の色が窺えたが、一応は
安心したのか次第に綻び
始めてきた。

その拍子に、偶然黒い壁
掛け時計が彼女の両眼に
飛び込んできた。


「そや!!折角やから家で
夕飯食べてきぃ!!さっき
旦那から要らんって連絡
もろてたんや」

「いや、それは……」


突然家に押しかけた上、
夕飯までご馳走になるの
は流石に気が引けて壱加
は丁重に断ろうとした。

ところが、壱加の気遣い
とは裏腹に女性の周りを
取り巻く温度は見る間に
下がっていった。


「ちょお、いっくん……
ウチが作ったもんが食べ
られへんちゅうの!?」

「そ、そういう訳じゃ」

「じゃあ決まりや!!いっ
くん居らんと、食材勿体
ないねん。頼むわぁ~」


結局のところ女性の強引
さに根負けした壱加は、
不本意ながらもそれに頷
くしかなかった。




     ***




半ば諦めの境地に立たさ
れた壱加は、渋々女性の
後に続いてダイニングへ
向かおうとした。

すると、女性は突然立ち
止まるなり「ああ!!」と
短い叫び声をあげた。

そして、彼女は振り向き
様に壱加の目の前で両手
を合わせてきた。


「ほんっまに申し訳ない
んやけど、こっちに来る
前にちょ~っと外の郵便
受け見てきてくれへん?
一週間出してないのすっ
かり忘れてたわぁ」

「ん、分かった」


壱加はそう言って右手を
上げると、玄関の方へと
体を向けゆっくりと歩を
進めていった。