事務所の人や、社長が、話し合ったり、電話をしたり、緊張感が漂う中、ひとしきり泣いた母が、私の手を握りしめ

母「あの、紗智と2人きりで、話しがしたいのですが…」

社長「もちろんだよ。」 
母は、私をベッドルームへ導いた。

二人で、ベッドに並んで座り、母は、私の肩に手を回した。

母「さっちゃん、お父さんの事覚えてる?」

私は、ゆっくり首を横に振りながら答えた。
紗智「あんまり。」

私は、母と共に、幼い頃から、仕事やレッスンなどで家を空ける事が多く、5歳の時に父が家を出るまでも、父と時間を共にする事は、殆どなかった。
父が家を出てからも、会う事は、なかった。

でも、父のひざに座って、大きな手で、優しく頭を撫でてもらうのが好きだった。父のタバコ臭い匂いも、一緒にお風呂に入って、歌ってくれた時の声も、優しく笑った顔も、好きだった。
けど、なんでだろ?
お父さんの事、忘れていた…?
違うな…無意識に、考えない様にしてたんだ。
寂しくなるから…。

母「お父さんはね、会社のお金を勝手に使っちゃったんだって。」

私は、驚いて、また母の顔を見た。

母は、大きなため息をついてから、話しを続けた。

母「お母さんもね、お父さんと、ずっと会って無かったから、詳しくは解らないわ。けど、あの人は理由も無く、そんな事する人じゃない。」

母は、顔を真っ直ぐあげ、一点を見つめて、決意するかの様に言った。

私は、黙ってうなづいた。
母「でもね、さっちゃんが芸能界で働いているから、マスコミが面白がって、大騒ぎしてるの。ちゃんとした理由が解るまで、マスコミが落ち着くまで、お家には帰れないの。お母さんと、暫くここにいましょうね。」

私は、母の手を握り、今度は、大きくうなづいた。