維新なんてクソ食らえ後始末が大変でしょ。浅木の巻

明治八年東京、春






「ひったくり!捕まえて」






若宮小春は叫んだ。





「こんな着物じゃなければ追いつけるのに」



小春はつぶやいた。






浅木誠が住所が書いてある紙を持ちながら歩いていた。








東京の街は初めてだ。



人が多くてそれをよけながら歩くのには馴れてない。







小春の叫び声が聞こえきた。





間を置かずに、



彼の方に男が走ってきた。






男が彼の横を通り抜けようとする瞬間、


彼は素早く、



小春の風呂敷を取り上げた。




ひったくりが、


はずみでずっこけて転んだ。





小春が近づいてくる姿がみえると、



男は慌てて立ち上がって、



逃げた。






息を弾ませてきた小春に


浅木は包みを返した。




「あ、




 ありがとう」



小春は礼を言った。


「あんなやつは、



 交番に突き出さないとダメなんだよ。


 癖になるから」
小春は


すぐ


別れようとした。




「なあ、


 ちょっと待てってくれよ。



 『はるさめ』って店


 知らないか」



ぶっきらぼうに浅木は尋ねた。





「えっ」



小春は少し驚いた顔をした。




「あなたが


 浅木さんなの」



「そうだけど」



「じゃあ、

 ついて来て、

 爺様が待っているわ」


小春は少しうれしそうな顔をして、

浅木の先になって歩き始めた。
浅木が探していた小料理屋は、

今まで彼が歩いていた大通りの


一つ向こう通りだった。




店並みが続いている中に、


「はるさめ」


という看板が出ている小料理屋があった。




「爺さま。


 浅木さん来たよ」



小春が店の中に入っていった。


浅木も小春に続いた。




「小春かい。


 今、手が離せないから、


 奥の居間で待っててもらえないかな」


厨房の方から、


年寄りの声がした。
浅木が居間で待っていると、


前掛けを外しながら

白髪の老人が入ってきた。






若宮重守。

今は小料理屋の店主だが、

元お庭番集頭領、

従業員からは重爺とか爺様とか

呼ばれていた。





浅木は懐から手紙を出し

重爺に渡した。



重爺は手紙を読んだ。






「そうか、


 医者を志して

 長崎で修行したのか」




「はい。


 これからは


 人を救いたいとおもいまして」





「人斬りの償いか」




浅木は黙って頷いた。




「儂から良庵先生のには言ってある。

 どのくらいの腕か見たいと言っていたから、

 明日にでも挨拶に行くか。


 それと、


 部屋は空いているから

 今日からしばらくは

 ここに住みなさい」




一通り話しが終わると

店の方から小春が重爺を呼ぶ声が聞こえてきた。



「店に行かないといけないが、

 ゆっくりしていってくれ」



重爺は前掛けを手に持った。


浅木も店を手伝いに後に続いた。
次の日

浅木は重爺と良庵の診療所に向かった。

良庵はここらでは腕の良い医者として知られていた。


良庵が貧乏人から金を受け取らないこともあってか医者として良い暮らしをしているという感じではない。


診療所の敷地は広かったが診療所そのものはそれほど大きくない。


玄関先で声をかけた。


診療所の近くに住んでいてよく遊びに来ている幼い姉妹がまりを手に持って出てきた。


「先生は居ないよ」

声を揃えて告げた。

二人は仕方なく待っていた。


突然どやどやと人の声が近づいてきた。

屋根から落ちて、怪我をした大工が運ばれてきた。


「先生は」


幼い姉妹が良庵を呼びに行った。


大工は苦しがっていた。


「早く止血しないと。爺様手を貸して下さい」


浅木は診療室内を見渡すして、薬と包帯などを探し出して手際よく治療を始めた。


怪我人の治療が終わった頃、良庵が息を切らせながら戻ってきた。


良庵は浅木の後ろから、彼が施した処置をみた。


「お前がやったのか」


「はい」

と、浅木が落ち着いて答えた。

脇から重爺が言った。

「彼がこの前話していた浅木君だ」
重爺は改めて良庵に浅木を紹介した。


「とりあえず合格だ。これだけできるのに見習いでいいのか」

と、良庵は浅木に尋ねた。


「はい。怪我ならなんとかできますが、病気の方はちょっと自信が無くて」


「なあに、怪我も病気もここでなおすのさ」


良庵は浅木の胸を軽く叩いた。



良庵は彼の過去を問うことはしなかった。


浅木は良庵の元で医者の修行ができることになった。

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