そんな女癖の悪い彼氏とばかり付き合う香苗は
思い切り泣いたらすぐに笑う。
そうじゃなきゃ
心が潰れてしまいそうになるの。
と赤くなった目で懸命に笑ってた。
そんなある日。
こんなあたしにも彼氏が出来た。
大輔との出会いは駅で声を掛けれたからだ。
『ずっと…可愛いなって思ってて…。友達でもいいから、番号教えてくれない?』
顔を真っ赤にして
しどろもどろに話す大輔は
その日からあたしの中で特別な存在になった。
「別れた方がいいのかなぁ…。」
「……香苗はどうしたいの?」
相変わらず、香苗の悩みは尽きなくて。
大輔の事、話さなきゃ。
そう思っていても
今の香苗に話すべきなのか悩んだ。
その一週間後。
険しい顔であたしに向かってきた香苗。
「海音!」
「…どうしたの?そんな怒って…。」
毎日ニコニコしてる香苗のイメージに
似つかわしくない怒りのこもった表情にあたしは驚いた。
「どうして教えてくれなかったの!?彼氏出来たんでしょ!?」
「…何で……。」
知ってるの?
という言葉を遮るように香苗が興奮した様子で話す。
「雅美が言ってた。昨日、駅で海音と彼氏が手繋いでるの見たって。」
あぁ……、そうか。
あたしは何も言わず頭を掻いた。
そんなに怒る香苗の気持ちがわからなかったから。
「あたし……ショックだよ…。海音、何も言ってくれないから…。」
さっきまで怒ってた表情が一変して泣き顔に変わる。
冷静な頭で
この子は女優になれるんじゃないか。
そう思った。
「ごめん…。話そうと思ってたんだけど…。」
廊下の端で
あたしは戸惑いながら口を開く。
「香苗、今ヒロくんの事ですごい悩んでて…。そんな時、彼氏が出来たなんて言っちゃいけないかなって…。」
ごめん。
本当にごめんね……。
そう言って俯いたあたしは
突然、甘い香水の匂いに包まれた。
「そんな事、気にしないでよ……。」
香苗があたしの肩に腕を回して顔を埋めた。
「あたし、嬉しいよ?」
「香苗……。」
甘い甘い香水。
あたしはこの時の優しい香りを
一生忘れないと思う。
抱き合うあたし達を
通り過ぎる子達が見ていた。
だけど心地よくて。
恥ずかしい。そんな事思わなかった。
「海音の幸せはあたしの幸せでもあるんだよ?」
綿菓子みたいにふわふわな香苗の髪の毛は
幼い少女時代を思い出させる。
「だから、何でも話してよ。こんなあたしじゃいいアドバイスなんて出来ないけど…。」
体を離した香苗は
いつもの笑顔であたしに微笑んだ。
「いつも海音に助けてもらってるから……あたしも海音の役に立ちたいの。」
「……香苗…。」
涙が出そうだった。
「あたし達、親友。でしょ?」
香苗の言葉に嘘はなくて
すーっと染み込む水のようにすんなりとあたしに伝わった。
香苗は
あたしに出来た
初めての親友と呼べる存在。
キラキラと路面が光る。
朝積もっていた雪は
太陽に照らされ溶けて氷に変わっていた。
澄んだ空気に
よく晴れた空はとても気持ちいい。
だけど――…
「うん、ごめんね。ちょっと心配だからさ…。」
『いや、俺は全然平気だけど…。香苗ちゃんどうしたんだろうな。』
携帯を片手に
あたしは最寄りの駅と反対方向へと歩く。
結局学校が終わっても香苗からの連絡はなくて
妙な胸騒ぎにあたしは携帯を握り締めた。
「わかった。また、連絡するね。」
そう言って耳から携帯を離したあたしは
コートのポケットに手を入れる。
向かう先は香苗の自宅。
わりかし近い香苗の家までは
冷たくなったあたしの体にはすごくありがたい。
ここだっけ…。
閑静な住宅街に
ポツンと立つ小さなアパート。
あたしは再び携帯を開いて香苗の家の前に立つ。
静かなアパートに
人が居るような気配はなかった。
どっかに出掛けてるのかな…。
発信履歴には
さっきまで話してた大輔の二つ下に香苗が表示されていた。
プルル……
受話器から聞こえた呼び出し音。
あれ?
携帯をあてていた耳とは反対の耳に
流れ込んで来た某歌手の着うた。
何だ、居るんじゃない。
終話ボタンを押すと
それとほぼ同時に
アパートの中から聞こえた着うたも途切れる。
ピンポーン…
「香苗?居ないの?」
呼び鈴を鳴らし
少し大きな声で発した言葉に
バタバタという騒がしい音があたしに聞こえた。
バタン!!!
「わっ!!」
思い切り開かれた扉からあたしの胸に衝撃が走る。
「海音ぉ……っ。」
震える香苗が
あたしの肩を濡らした。
―――…
コトン…
「ありがとう。」
可愛いマグカップに
注がれた温かいミルクティー。
香苗の大好物。
「風邪、大丈夫…?」
こくんと頷く香苗に
本当は風邪じゃないでしょ?とは言えなかった。
聞いちゃ
いけない気がしたんだ。
重たい雰囲気に耐え兼ねたあたしは
出来る限り明るくなるように口を開いた。
「今日ね、浦吉がさ…」
「そうちゃんに…。」
だけど見事に香苗の言葉にかき消されてしまった。
あたしの心臓が跳ねる。
久々に聞いた
そうくんの名前。
「そうちゃんに……別れよ、って言われちゃった…。」
静かな部屋に響く時計の秒針は
どうしてこんなにも耳障りなんだろうか。
時として
言葉とは本当に無力なものだ。
この場にふさわしい言葉が見つからない。
ただ単に
あたしの覚えた言葉が少ないのかもしれないけど…。
「何となくね、わかってたの。」
意外にも
先に沈黙を破ったのは香苗の方だった。
「そうちゃんがもうあたしを好きじゃないって……わかってた。
ううん、もしかしたら最初からあたしの事なんて好きじゃなかったのかもしれない。」
予想してた以上にしっかりとした面持ちで話す香苗に
あたしはただ黙って耳を澄す。
いつからこの子は
こんなに強くなったんだろうか。
レースのカーテンから覗かせる窓に
ポツリポツリと雨粒が叩いていた。
「でもあたし、気が付かないフリしてた。
それでそうちゃんの側に居られるなら…そう思ってたの。」
「香苗……。」
そっと香苗の肩に手を伸ばす。
細い肩が
少しだけ震えてた。
あたしはどうしたらいいのか。
どうやって
香苗の傷を癒せばいいのか。
いくら思考を回転させても
答えは出なかった。
そんな時
香苗があたしの腕を掴んだ。
強く、それは痛い程に。
「ねぇ、海音…。あたしどうしたらいい?」
掴まれた腕に
香苗の爪があたしに痛みを与える。
この細い華奢な手のどこに
こんな力があるのだろう。
「あたし、これからどうすればいい?そうちゃん居なくて、あたし…っ!」
「香苗、落ち着いて…」