パタン……
「はぁ……。」
明かりもない部屋に
溜め息だけが響いた。
冬休み中居た大輔の家を出て
あたしは久し振りに自宅に戻った。
床に無数の雑誌が散らばってる。
多分、妹の仕業だろう。
「あのバカ。勝手に入るなって言ってんのに。」
開いたままの雑誌を足でどかして
あたしはベッドへと仰向けで倒れた。
『高校卒業したら、一緒に住まない?』
大輔の言葉が反芻する。
焦燥感。
まだ、ずっと先の未来にあたしとの生活を思い描いてる大輔。
あたしは
何かに追われるように
何故か焦っていた。
ベッドに倒れた拍子に
カバンからはみ出た携帯電話が視界に映る。
あれから
初詣で偶然出会ったあの日以来
そうくんから連絡は来なくなった。
当たり前だ。
あたしは答えてあげられなかった。
逃げるように大輔の手を取って
最後まで目を合わせなかったんだ。
そうくんからしたら
あたしが迷惑がってるようにしか見えない。
これでいい。
これはあたしが望んだ事で
こうなる事もわかってたはずじゃないか。
お互い、大切にするべき人が居る。
なのにー―…
どうしてこんなにも悲しくなるんだろう。
どうして
こんなにも心が揺れるんだろう。
決めたじゃないか。
もう、やめるって。
大輔だけを見ていこうって。
そう決めたのに
何故、送られて来るはずもないメールを
あたしは凝りもせず
待ってるんだろう。
真っ白に彩られた坂道をあたしはゆっくりと歩いていた。
やっぱりスカートは寒いな……。
短いスカートから出る太ももは
冷たい空気にさらされて少しだけ赤くなっている。
出来る限り風に当たらないように
マフラーを口元まで上げた。
「おーい、沖村急げ!遅刻だぞ!」
坂の上に見える校門に
担任の先生が待ち伏せていた。
おそらく、休みの間
髪の毛を染める生徒が多いから
こうやって校門の前でチェックをしてるのだろう。
ご苦労な仕事だ。
「先生、トナカイみたいだよ。」
この寒さの中
上着も羽織らずジャージ姿の先生は鼻を真っ赤にしてる。
そのまま通り過ぎようとしたら
「お前はスカートが短かすぎ!」
と軽く頭を小突かれた。
今日からまた、学校が始まる。
教室に入ると温かい空気があたしを包んだ。
「おはよ、海音。」
「おはよう、香織。」
見慣れたクラスメートに笑って
マフラーを外しながら自分の席へ向かう。
あれ?
香苗、まだ来てないのかな?
ポツンと空いた斜め前の席に香苗の姿が見当たらない。
あたしはカバンを机の横にさげて辺りを見渡した。
「香苗、風邪だって。」
ふいに聞こえた声にあたしは振り返った。
「風邪?香苗が?」
「らしいよ。さっき浦吉が言ってた。」
浦吉(うらよし)と言うのは
さっき校門で会ったあたし達クラスの担任だ。
「あたし今日、日直なんだ。最悪。」
教えてくれた雅美の机には
ボロボロの学級日誌に
『欠席者 田村香苗』と書かれていた。
そう言えば最近香苗から連絡がなかった。
淋しがり屋な香苗は
暇さえあればあたしに電話をする。
そうくんと付き合い始めてからは以前より減ったけど
こんなにも連絡ないのは初めてだった。
「ありがと。」
雅美にそう告げてあたしは席に座った。
そしてすぐに携帯を開きメールを作成する。
To:田村 香苗
おはよ。風邪引いたんだって?雅美から聞いた。大丈夫?
そして送信ボタンに手を掛ける。
何かあったのかな…。
あたしの不安をよそに
画面にはキャラクターがメールを届ける動画が映ってる。
『送信しました』
その表示に
あたしは携帯を閉じて
溜め息をはいた。
窓の外
寒そうに葉っぱを揺らす木々達が
視界の端に見えた。
―――桜の花びらが宙を舞う。
開け放っていた窓からあたしの机にはらりと落ちた。
まだ着慣れない制服にあたしは溜め息をはいた。
「沖村さん。」
呼ばれて振り返った先に見知らぬ女の子が立っていた。
誰だっけ?
まだ顔と名前が一致しないあたしは
頭をフル回転させて考える。
「あたし田村香苗。図書委員だよね?あたしもなの。」
思い出す前に名乗ってくれたその子は
まだあどけなさが残る笑顔で
素直に
可愛いな。と思った。
これが香苗との出会い。
委員会が同じで
席替えで偶然に前後になったあたし達は
仲良くなるまでにそう時間はかからなかった。
少女のように可愛い香苗と
よく大人びてると言われる事が多いあたしは
周りから見ても
全く真逆のタイプだったと思う。
「海音~。聞いてよぉ!」
「何?また何かあったの?」
まだ朝だというのにうだるような暑い日差しに
あたしはパタパタと下敷きで風を受ける。
「今朝、武くんが他の女の子と歩いてるの見ちゃった……。」
泣き腫らした瞳に
じんわりと雫が浮かび上がる。
どうしてこの子はこうも男を見る目がないのか。
まだ出会ったばかりの香苗に
あたしは疑問だらけだった。
「じゃあ武くんに聞けばいいじゃない。今日一緒に歩いてたの誰?って。」
「そんな事聞けないよぉ!嫌われちゃう…。」
そう言ってタオルを顔に押し当てた香苗は
そのまま泣き出してしまった。
出会って3ヵ月。
もう何度目だろう。
香苗の泣きじゃくる姿を見たのは。
その数日後。
香苗は武くんと別れた。
そしてまた
次の週には新しい彼氏が出来る。
「もう少し中身見てから付き合ったら?」とアドバイスするあたしに
「大丈夫!あたしが選んだ人だもん、今度こそ平気!」なんて言葉を返して来る。
いやいや。
あんたが選ぶからダメなんでしょ。
そう思っていても
口に出す事は出来なかった。
香苗はいつも
恋愛に対して真っ直ぐだったから。
「…ヒロくんが…合コンに行ってたの。」
「また?もうやめたら?」
「…でも…好きなんだもん……。」
香苗はあたしの言う事に耳を貸さない。
じゃああたしに相談するな!
なんて疎ましくなった事もあった。
だけど香苗はただ、話を聞いて欲しかったんだと思う。
それを包み隠さずあたしに打ち明けてくれる香苗に
あたしは素直に嬉しいと感じてた。
そんな女癖の悪い彼氏とばかり付き合う香苗は
思い切り泣いたらすぐに笑う。
そうじゃなきゃ
心が潰れてしまいそうになるの。
と赤くなった目で懸命に笑ってた。
そんなある日。
こんなあたしにも彼氏が出来た。
大輔との出会いは駅で声を掛けれたからだ。
『ずっと…可愛いなって思ってて…。友達でもいいから、番号教えてくれない?』
顔を真っ赤にして
しどろもどろに話す大輔は
その日からあたしの中で特別な存在になった。
「別れた方がいいのかなぁ…。」
「……香苗はどうしたいの?」
相変わらず、香苗の悩みは尽きなくて。
大輔の事、話さなきゃ。
そう思っていても
今の香苗に話すべきなのか悩んだ。