嫌な事とは
見事に重なるもので


張り詰めた空気に
水を挿すように聞こえた声。




「海音!何してんだよ!遅いから心配すんだろ?」


「大輔……。」



息を切らし
走り寄って来た恋人に
あたしは更に苦しくなった。




「あれ?大輔くんじゃん!そっかぁ、海音達もデートだったんだ!」

「あ…香苗ちゃん?」

「そう!久し振りだね、大輔くんに会うの。」



あたしとそうくんの間に流れるきまづさとは裏腹に
香苗と大輔は久々の再会に微笑み合ってる。






吐き気がする。


何故、年明け早々
こんな事になるんだろ。




きっと今
おみくじを引いたら



あたしは
『大凶』を引くに違いない。





人が次々とあたし達4人横切る。

たまにぶつかる肩に
大輔がさり気なくあたしを引き寄せた。




見ないで。

あたしを



他の男と居るあたしを


見ないで。







「海音達、もう一年以上付き合ってるんだよ!」

香苗が自分事のようにそうくんに話す。



「いいなぁ。あたし達も頑張らなきゃ!ね?」

「……あぁ。」



そうくんが
どんな顔をしてるのか

知りたいのに
知りたくなくて。




「大輔、もう行こ!」

「え?お、おい!海音!」




あたしは
逃げるように人込みへと歩き出す。



「海音!」

その呼び掛けに
流れに逆らうように
ゆっくりと振り返ったあたしに




「今年もよろしくね!」


嘘偽りのない
柔らかな香苗の笑顔。




今日、再び
一年の幕が開けた――…





あの後
あたしと大輔は長い列に戻らず
鐘の音は鳴らす事は出来なかった。



いや、正確には
あたしがかたくなに拒んだのだ。

神様なんかに
お願い事を頼もうなんて思えなくて。



手を合わせるのが嫌だった。




だけど大輔は
おみくじだけは引こう!


なんて言うから
渋々長い列に並んだ。





大凶だと想像してたあたしに
下された判決は



『大吉』




恋愛のところには



『見返りを求めるな。』と書かれていた。






バカバカしい。


どうせこんなおみくじ
誰も信じちゃいない。



だけどあたし達は知りたいんだ。

この一年が、キラキラと輝く素敵な年になるか。


はたまたその逆か。



こんな紙切れ一枚に
人々は自分の心を惑わされる。



なんてちっぽけな生き物なんだろう。





「…っ!あ…っ!」



ギシっと鳴る
緩いスプリングのベッドの上で
あたしは切なげに身をよじらせた。




体が熱い。


なのに心は異常な程に冷めていて。




「大輔…。」

「……ん…?」


あたしの呼び掛けに
動きを止めた大輔は優しくあたしを見下ろした。




「……何でもない。」

「何だよ、それ。」



ふっと笑う大輔の体はじんわりと汗で滲んでた。



「海音、いい…?」

「…うん。」



あたしの言葉を合図に
大輔の動きが再び激しさを増す。





外には雪がちらつき
屋内との温度差で窓ガラスが曇っていた。



「海音……っ!」




大輔の肩越しに映る天井が


滲んで見えたのは




気のせいだろうか。




強く

強く抱き締めて欲しかった。




あのまま

あたしをさらってくれればよかったのに。




あの日
あなたと飲んだ
紅茶の味が恋しい。



だけどそれ以上に




あなたが恋しいのは何故なのかな。






「お前、高校卒業したらどうすんの?」

「何、急に。」



毛布にくるまりながら
後ろから抱き締める大輔はあたしの髪の毛で遊んでる。


窓の外は
いつの間にか暗闇が広がっていた。




「そろそろ考えなきゃだろ。進路。」

「……そっか。」



進路―――…
そう言えばもうすぐあたし達は
高校三年生になるんだ。



「もしかしてお前何も考えてねぇの?」

「……うん。」

「しっかりしろよなぁ。」



こうやって
大した事ない日常を送っていても


あたし達は少しずつ
大人へと近付いている。




変なの。
あたしは何も変わってないのに
世間はあたし達を大人にしようとするんだ。


別にそんな事望んでないのに。




「俺さ、設計士の資格取ろうと思って。」

「設計士?」

「あぁ。俺、そうゆうの好きだし。
自分の家、自分で建ててぇんだ。」



驚いた。

確かに大輔は
そうゆう細かい作業とか好きで
手先は器用だった。



だけどそんなふうに
将来を見据えてるなんて思いもしなくて。



「お前は?何かやりたい事ないの?」

「やりたい事…。」



二の句が出ない。

あたし、将来何がしたいんだろう。




小さい頃から
そうだった。



特に趣味と言えるような趣味もなくて。

悪く言えば
何に対しても興味が涌かない子供だった。




それは17になった今でも同じで。




第一、今も見えていないのに
あたしに将来が見える訳ない。






「じゃあさ。」


考え込むあたしを見て大輔が口を開いた。





「高校卒業したら、一緒に住まない?」

「…え…?」


一緒に?
大輔と……



あたしが?





「焦る必要ない。海音がやりたい事、ゆっくり考えればいい。」


長く伸びたあたしの髪の毛を
大輔が慈しむように手に取った。



「俺はただ、お前が隣に居ればいいから。」

目が、回る。


「一緒に居られる未来を二人で考えよう。な?」




未来が見えない。







パタン……



「はぁ……。」


明かりもない部屋に
溜め息だけが響いた。



冬休み中居た大輔の家を出て
あたしは久し振りに自宅に戻った。


床に無数の雑誌が散らばってる。
多分、妹の仕業だろう。



「あのバカ。勝手に入るなって言ってんのに。」


開いたままの雑誌を足でどかして
あたしはベッドへと仰向けで倒れた。




『高校卒業したら、一緒に住まない?』

大輔の言葉が反芻する。




焦燥感。

まだ、ずっと先の未来にあたしとの生活を思い描いてる大輔。




あたしは
何かに追われるように

何故か焦っていた。





ベッドに倒れた拍子に
カバンからはみ出た携帯電話が視界に映る。






あれから


初詣で偶然出会ったあの日以来
そうくんから連絡は来なくなった。




当たり前だ。


あたしは答えてあげられなかった。




逃げるように大輔の手を取って
最後まで目を合わせなかったんだ。


そうくんからしたら
あたしが迷惑がってるようにしか見えない。




これでいい。
これはあたしが望んだ事で
こうなる事もわかってたはずじゃないか。



お互い、大切にするべき人が居る。




なのにー―…


どうしてこんなにも悲しくなるんだろう。




どうして
こんなにも心が揺れるんだろう。



決めたじゃないか。
もう、やめるって。

大輔だけを見ていこうって。




そう決めたのに


何故、送られて来るはずもないメールを



あたしは凝りもせず


待ってるんだろう。