これでいい。


これは
あたしの選んだ事。




もう
後悔なんてしない。





「大輔……。」

「ん?」



そっと髪を撫でる大輔に
あたしは微笑んだ。




そして――…






「ずっと、一緒居ようね?」


そう言って首に腕を回して大輔を抱き締める。




「海音……。」


大輔も
それに答えるようにあたしの背中に腕を回す。






メリークリスマス。



聖なる夜に
深い深い口づけを。


キャンドルに灯をともして
約束を交わそう。




もう二度と
この道を踏み外さないように。





12月25日。
クリスマス。




あたしはこの日


そうくんへの気持ちを


パンドラの箱の奥
封印した――…






例えばもし

愛に形があるのなら。



それはどんな形をしているのだろう。


ハート。
四角。
三角。
円。




正解は


ここにはない。




だって愛の形は

人それぞれ違うから。




愛の形に

正解も外れもないのだ。




じゃあ
あたしのこの歪んだ愛は


どんな形を
してるのかな?






きっと


形なんてないくらい
醜い愛を
表してるに違いない。




だってあたしの心は



氷河に浮かぶ氷のよう
もう誰にも溶かせはしない。




ただ、一人を除いて。




どこかできっと


訪れもしない春が来るのを




あたしは待ちわびてる。





ゴーン……

『明けましておめでとうございます!』



壮大な鐘の音が
ブラウン管を通して響き渡る。

年明け早々
小さなテレビの中で忙しく動き回るアナウンサーは
何だか可哀相に見えた。




「用意出来た?」

「ん~もうちょいっ。」


鏡相手ににらめっこするあたしに

「別に化粧なんかしなくていいのに。ただ初詣行くだけだろ?」

笑いながらそう言って
机におしるこを置いた大輔が隣に座った。



「誰に会うかわからないじゃない。」

「すっぴんならお前だってわからないんじゃね?」

「ひどいっ!!」


あははと笑う大輔に
平手打ちでビンタを投げる。




今日も
あたしの隣には


大輔が居る。





こうやって
大輔の目を見て話すのは


いつ振りだろう。




何だか酷く昔の事のように感じる。




「まぁ、これ食べてさっさと行こうぜ。」

「おしるこ!懐かしい!」


テーブルの上で湯気を立てるおしるこ。



口に含んだらあんこの甘さが広がって
子供の頃を思い出した。



「大輔のお母さん、料理上手だよね。」

「そうかぁ?毎日食うと飽きるぞ。」

「贅沢~。」




あれから


あたしは携帯を開く回数が減った。



と言うよりも
もう開いてはいけない気がするんだ。





パンドラの箱。



開けた時
最後に残ったのは希望で

そこに愛は存在しなかった。




そう


あたしにとって
そうくんはそんな存在。




手を離せば
それは簡単に忘れる事が出来る。



そうくんは
あたしの希望だった。



愛ではなく希望。


決して触れてはいけない


たった一つの愛。






「何これ…。」

「これじゃお参り出来るのは朝方になるな。」



大輔と二人
電車を乗り継いで辿り着いた神社には

まるでありんこの列のように
延々と続く人々の群れ。



もう夜中の2時だというのに
人の列は先が見えない程連なっていた。




「どーする?」

「……ここまで来たのにお参りしないなんて神様に失礼でしょ。」


あたしの言葉に
大輔は納得したように

そうだな。と言ってあたしの手を握る。





神様なんて
いるはずないのに。



幸せになりたくて
少しでもいい事があるようにと

人々は手を合わせる。



心のどこかで皆
神様という架空の存在を



否定してるくせに。





吐く息が白い。
それが切なく見えるのは何でだろう。



「大輔、あたしトイレ行って来る。」

「わかった。じゃあここで待ってるな。」



並んでいた列からはぐれて
あたしは神社にあるトイレを探して見渡す。



げ……


そこには
トイレすら並ばないと入れない現実。



も~、どこもかしこも並びすぎだよ。


はぁ。と溜め息をこぼしながら
憂鬱な面持ちでトイレを目指す。




そんな時――…


ドンっっ!!



「きゃっ!」

人込みの中
走って来た人と肩がぶつかり
あたしは冷たい地面に尻もちをついた。



いたたた……

突然の出来事に
思い切りぶつけたお尻に痛みが走る。




「すいません、大丈夫ですか!?」

「あ、大丈夫です!全然……」





……嘘――


どうして……






通り過ぎる人たちが
不審な目であたしを見下していた。





これは
神様のいたずらなのだろうか。



「そう……くん…。」


どうして…
こんな所で会っちゃうの…?



こんな事って……






「ごめん、痛かった?」


呆然とするあたしの腕を引き
そうくんが立たせてくれた。


だけど
足元が安定しなくて
まるでふわふわと空を舞ってるみたい。




「偶然、だね。こんな所で会うなんて…」

「……そ、うだね。」

そうくんの問い掛けに
あたしは不自然に言葉を濁らせた。




ダメだ。
顔を見られない。



そうくんの
顔を見るのが怖い。





今、どんな顔してる?




人込みの中
立ち尽くすあたしとそうくんは

言葉少なめに口を開いた。




「メール…返って来ないから、心配した。」

「…ごめん…ね。」


「電話もした。」


「……うん…ごめん。」



知ってる。


知ってるよ。




だって開かないままの携帯は
着信を知らせるランプがずっと光ってる。


こうして
そうくんと話してる間も
あたしの携帯は切なく光りを放ってる。





「嫌われたかと思ってたよ。」

「……ごめん…ね。」


バカの一つ覚えのように

『ごめんね』と繰り返すあたしを
そうくんはどう感じてるんだろう。




「俺、何か悪い事した?」

「違うの!」


否定しようと顔を上げた先に




悲しく揺れる
そうくんの瞳。





ねぇ、どうして?


もうやめてよ。
もう、こりごりなの。



切なくて
悔しくて


だけど愛しくて…。




あたしには
どうする事も出来ない。




だからこそ選んだこの結末から


あたしを引き戻さないでよ。





もう、あたしに裏切らせないで。





「海音ちゃん、迷惑なら言ってよ。
じゃなきゃ俺、また電話しちゃうと思う。」


やめて……


「海音ちゃん…。」


やめてっ!!







「そうちゃん?」


澄んだ冬の空気に
聞き慣れた声があたしの耳に届いた。




「あれ?海音!?何やってんのぉ!?」


「……香苗…。」




張り裂けそうな胸に


相変わらず
無邪気に笑う


あたしの親友。