怖い。


下着に手をかけようとする大輔に
あたしは力一杯抵抗する。



「や、やめて!大輔!やめ…っ!」

「じゃあ!!」



大輔の罵声に
あたしは抵抗する手を止めた。



「じゃあ……理由を言ってくれよ…。

…んで帰るなんて言うんだよ。」


手首を押さえてた力が弱まり
大輔はあたしのお腹に力なく顔を埋める。




「海音…。俺はお前が居なきゃダメなんだ。」



悲しく響く
大輔のかすれた声。


それはあたしの心に酷く響いて
乾き切った空気を溶かしていくようだった。



「頼む……。行かないでくれ…。」


ベッドから崩れ落ちたあたしを
大輔は抱き締めて言った。




「側に居てよ……。」




あたしは
最も傷付けてはいけない人を傷付けた。



優しくて
こんなにもあたしを必要としてくれてる。



こんな最低のあたしに

『愛してる。』そう言ってくれた。





あたしはこの人を





裏切れない。






「痛いか?」

「大丈夫…。」


少し赤く染まった手首に大輔の細い指先が触れる。



結局
あたしは大輔を一人には出来なくて


この部屋に居る事を選んだ。




「ごめんな。つい、カッとなっちった…。」

そんな大輔に
あたしは首を横に振って答えた。



「あたしこそごめんね。」



そう呟いたあたしに
大輔が肩を寄せて抱き締めてくれた。



瞼を閉じて
そのぬくもりに身を預ける。





これでいい。


これは
あたしの選んだ事。




もう
後悔なんてしない。





「大輔……。」

「ん?」



そっと髪を撫でる大輔に
あたしは微笑んだ。




そして――…






「ずっと、一緒居ようね?」


そう言って首に腕を回して大輔を抱き締める。




「海音……。」


大輔も
それに答えるようにあたしの背中に腕を回す。






メリークリスマス。



聖なる夜に
深い深い口づけを。


キャンドルに灯をともして
約束を交わそう。




もう二度と
この道を踏み外さないように。





12月25日。
クリスマス。




あたしはこの日


そうくんへの気持ちを


パンドラの箱の奥
封印した――…






例えばもし

愛に形があるのなら。



それはどんな形をしているのだろう。


ハート。
四角。
三角。
円。




正解は


ここにはない。




だって愛の形は

人それぞれ違うから。




愛の形に

正解も外れもないのだ。




じゃあ
あたしのこの歪んだ愛は


どんな形を
してるのかな?






きっと


形なんてないくらい
醜い愛を
表してるに違いない。




だってあたしの心は



氷河に浮かぶ氷のよう
もう誰にも溶かせはしない。




ただ、一人を除いて。




どこかできっと


訪れもしない春が来るのを




あたしは待ちわびてる。





ゴーン……

『明けましておめでとうございます!』



壮大な鐘の音が
ブラウン管を通して響き渡る。

年明け早々
小さなテレビの中で忙しく動き回るアナウンサーは
何だか可哀相に見えた。




「用意出来た?」

「ん~もうちょいっ。」


鏡相手ににらめっこするあたしに

「別に化粧なんかしなくていいのに。ただ初詣行くだけだろ?」

笑いながらそう言って
机におしるこを置いた大輔が隣に座った。



「誰に会うかわからないじゃない。」

「すっぴんならお前だってわからないんじゃね?」

「ひどいっ!!」


あははと笑う大輔に
平手打ちでビンタを投げる。




今日も
あたしの隣には


大輔が居る。





こうやって
大輔の目を見て話すのは


いつ振りだろう。




何だか酷く昔の事のように感じる。




「まぁ、これ食べてさっさと行こうぜ。」

「おしるこ!懐かしい!」


テーブルの上で湯気を立てるおしるこ。



口に含んだらあんこの甘さが広がって
子供の頃を思い出した。



「大輔のお母さん、料理上手だよね。」

「そうかぁ?毎日食うと飽きるぞ。」

「贅沢~。」




あれから


あたしは携帯を開く回数が減った。



と言うよりも
もう開いてはいけない気がするんだ。





パンドラの箱。



開けた時
最後に残ったのは希望で

そこに愛は存在しなかった。




そう


あたしにとって
そうくんはそんな存在。




手を離せば
それは簡単に忘れる事が出来る。



そうくんは
あたしの希望だった。



愛ではなく希望。


決して触れてはいけない


たった一つの愛。






「何これ…。」

「これじゃお参り出来るのは朝方になるな。」



大輔と二人
電車を乗り継いで辿り着いた神社には

まるでありんこの列のように
延々と続く人々の群れ。



もう夜中の2時だというのに
人の列は先が見えない程連なっていた。




「どーする?」

「……ここまで来たのにお参りしないなんて神様に失礼でしょ。」


あたしの言葉に
大輔は納得したように

そうだな。と言ってあたしの手を握る。





神様なんて
いるはずないのに。



幸せになりたくて
少しでもいい事があるようにと

人々は手を合わせる。



心のどこかで皆
神様という架空の存在を



否定してるくせに。





吐く息が白い。
それが切なく見えるのは何でだろう。



「大輔、あたしトイレ行って来る。」

「わかった。じゃあここで待ってるな。」



並んでいた列からはぐれて
あたしは神社にあるトイレを探して見渡す。



げ……


そこには
トイレすら並ばないと入れない現実。



も~、どこもかしこも並びすぎだよ。


はぁ。と溜め息をこぼしながら
憂鬱な面持ちでトイレを目指す。




そんな時――…


ドンっっ!!



「きゃっ!」

人込みの中
走って来た人と肩がぶつかり
あたしは冷たい地面に尻もちをついた。



いたたた……

突然の出来事に
思い切りぶつけたお尻に痛みが走る。




「すいません、大丈夫ですか!?」

「あ、大丈夫です!全然……」





……嘘――


どうして……






通り過ぎる人たちが
不審な目であたしを見下していた。





これは
神様のいたずらなのだろうか。



「そう……くん…。」


どうして…
こんな所で会っちゃうの…?



こんな事って……






「ごめん、痛かった?」


呆然とするあたしの腕を引き
そうくんが立たせてくれた。


だけど
足元が安定しなくて
まるでふわふわと空を舞ってるみたい。




「偶然、だね。こんな所で会うなんて…」

「……そ、うだね。」

そうくんの問い掛けに
あたしは不自然に言葉を濁らせた。




ダメだ。
顔を見られない。



そうくんの
顔を見るのが怖い。





今、どんな顔してる?



kiss me Again

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