「俺の漢字わかる?」

「…わかるよ。」



ブランコから立ち上がったそうくんは
満足気に微笑むと
まるで空を仰ぐように腕を上げて体を伸ばした。




「真の蒼。海の音。何だか似てる気がしない?」

「え…?」


背を向けたままのそうくんは
続けて口を開いた。




「ブルー。俺達の共通点。」


共通点……。




ブルー。






深い深いブルー。


それは
真の蒼さで響く海の音。




「そうくんって…ロマンチスト?」

「なーんだよ。せっかくいい事言ったのに!」



からかうように笑うあたしに
少しだけ拗ねたフリをするそうくん。



ねぇ。
あたしはまだ


綺麗な真の蒼さ
ブルーで居られてるかな?




ねぇ。


あたしはまだ




あなたを好きで居ても



いいのかな。






顔を出した朝日が
あたしの瞳を刺すように照らし出す。



「今日は本当にありがとう。」

「どういたしまして。」



バイクに寄り掛かるそうくんは
眠たそうにあくびをした。



「ごめんね、こんな時間まで…」


申し訳なくて
そう呟いたあたしに

「なーに改まって。」と頭を撫でてくれた。



「気にしなくていいから。ゆっくり寝なよ。」

「……ありがとう。」



そうくんの優しさは
お父さんのように温かくて
自然と顔が緩むのがわかった。



「今度さ。海、付き合ってよ。」

「……海?」

「そ。俺の大好きな海。たまに一人で行くんだけどさ、寂しいじゃん。」



バイクで行くのには寒いけど。
そう言って笑うそうくん。





嬉しかった。

そうくんと海を眺めていられたら
どんなに幸せなんだろう。




でも……


どうしてあたしなの?




そうくんには
香苗という彼女が居るのに
どうして?




期待、しちゃうよ。




「まぁ、暇な時でいいからさ。」

「……わかった。行こうね、絶対。」



そう告げたあたしに
柔らかく微笑んだそうくんは
再びバイクにまたがると

眩しい朝日に溶けるように颯爽と走って行ってしまった。





あたしの心は何故か穏やかで。


『一人じゃ、寂しいじゃん。』


例えそうくんのあの言葉が

その場しのぎの約束だとしても構わなかった。




そして思ったの。




あたしはもう


光輝く一番星を




見つけられない。
と…







「やっと終わったぁ!」

騒がしい教室に
人一倍大きな香苗の声が響いた。


窓の外には
冷たく降りしきる雨。


「あーぁ。せっかく明後日はイヴなのに。」


頬杖をつき
溜め息を漏らす香苗の瞳は
心の底から残念そうだった。



「これが雪に変わればホワイトクリスマスなのにね!」

「明後日も雨みたいだけど?」

「も~っ、本当意地悪だよね、海音って!」


そんな香苗に
あたしは笑った。



そう
明後日はクリスマスイヴ。


今日は今年最後の学校だった。




世間はクリスマスムードに溢れていて
街はきらびやかなネオンに彩られてる。


心なしか
カップルが多いと感じてるのは
きっとあたしだけじゃないだろう。





クリスマスにお正月。


短い冬休みの間にある二つのビックイベントは
浮き足立ったクラスメートを笑顔に変えた。




「はぁ。」


クリスマスも
お正月も

今のあたしには邪魔くさくて仕方ない。




恋人同士の為にあるようなこのイベントは
あたしを憂鬱にするだけ。




だってそうくんの隣に居られるのは…



「早くそうちゃんに会いたいなぁ。」



あたしじゃないんだから。






―――…



「海音。寒い?」


閉じかけた瞼を開いてあたしは首を横に振った。



「大輔があったかいから大丈夫。」

「はは。俺は湯たんぽか。」



温かい布団に包まれて
あたしは大輔の腕枕に身を預けていた。




大輔の唇が
あたしのおでこに触れる。




むき出しになった肌は冷たくて
まるであたしの心のようで嫌悪感を覚えた。




ベッドに寝転がりながら
あたしは大輔の腰に腕を回す。



「大輔……。」

「ん?」



ぎゅっと腕に力を込めた。







「もう一回、しよ。」


そう言って自分から唇を重ねる。



それと同時に
大輔がゆっくりと体を起こし
あたしの髪に指を絡めた。



「どうした?珍しいじゃん。海音が誘って来るなんて。」


「いいじゃん。イヴだもん。」



時計の針は夜中の12時を指している。





「海音、好きだ。愛してるよ。」




ギシっと揺れるベッドに


あたしは枕を握り締めた。





「ん…っ。」


大輔の指先に
あたしはきつく唇を噛み締める。



「…海音、我慢すんなって。」

「……だって、聞こえちゃうよ…」

「…いいよ。」




重なる唇が熱い。







そうくんは…


「大輔…っ」



どんなふうに
香苗を抱くのだろう。



「海音…。」




どんなふうに触れるのだろう。





「愛してる…海音。」



愛してなんかいない。


なのに
愛のない
この行為を繰り返す。




そんなあたしを


あなたは
どう思うのだろう。





大輔のぬくもりに溺れて


汚れていくあたしを






あなたは


どう
感じるのでしょうか。





小さい頃
ふと疑問に思った事があった。




クリスマスは
イエス・キリストが死んだ日。

そんな日を何故
恋人達は嬉しそうに祝うのか。




くだらない疑問。


今となっては
それすらもうどうでもいい。





そうくんに会いたい。



この聖なるクリスマスに


あなたの笑顔が欲しい。






「ん……。」


眩しさに
あたしは目を細めた。



「起きた?お前寝過ぎだろ。」


ははっと笑う大輔に
あたしは視線を向ける。



「今、何時?」

「もう昼。どっか行く?」


大輔の問い掛けに
あたしは首を横に振って布団を頭まで被った。



ひどすぎる。


「まだ寝るのかよ。ぐうたら海音~。」



夢に出て来るなんて




クリスマスなのに…

夢にまで
出て来ないでよ―――…




どうせあの人は
今日という日をあたしの親友と過ごすんだ。



『好きだよ。』
なんて耳元で甘い言葉を囁いて。



でも……
だったらどうして?




どうして――…


「海音?」




どうして夢で

『好きだ』なんて言ったりするの?




「お前、泣いてんの?」



夢なら夢で
あたしを冷たく突き放してよ。

じゃなきゃ
この現実は今のあたしには残酷すぎる。



「おい、海音!」


「離して!触らないで!」




あなたじゃない。


あなたじゃダメなの。




「ごめん……本当…ごめんね…。」


「海音……?」




そうくん……


会いたいよ――…



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