気が付いたら
駅のホームは閉まっていて
自分の情けなさに笑ってしまった。
タクシーで帰るお金もない。
だからと言って
こんな泣き腫らした顔で大輔の所には戻れない。
自業自得とは
あたしの為にある言葉だと思った。
ふいに開いた携帯の画面には
Cメールを知らせるメールマークが浮かんでいた。
FROM:柳 蒼真
もう寝ちゃった?昨日遅かったもんな。それじゃ、俺も寝る!おやすみ。
23時09分に来たメールに
あたしはメール作成し始めた。
To:柳 蒼真
おやすみなさい。
たった一行のメールに
あたしの気持ちを届けた。
恋人。
恋しい人、そうくんに。
パタンと閉じた携帯をスカートのポケットに入れて歩き出す。
とりあえず帰らなきゃ。
駅に背を向け
冷静な頭で自宅までの道のりを思い浮かべる。
早く
眠りたかった。
全てを忘れるくらい
深く
眠りたかった。
~♪~♪~♪
そんな時
ふいに鳴り響く着信音に
あたしの肩は震え上がった。
まさか……。
スカートの中で激しく鳴る携帯に
あたしは恐る恐るポケットに手を入れる。
さっきまで流してた涙が
またこぼれてしまいそうだった。
画面に浮かぶ
『柳 蒼真』
その名前。
名前だけで
こんなにも愛しくてたまらない。
いつの間に
こんなに好きになってしまったんだろう。
一度だけ
ゆっくりと深呼吸をしてあたしは通話ボタンに手を掛けた。
「も…もしもし…?」
『まだ起きてたの?不良だな~。』
電話越しに
笑うそうくんが浮かんだ。
『メール返って来ないから寝ちゃったのかと思った。』
「…ごめんね、ちょっと遊んでて…。」
そう言ったあたしに
そうくんが不思議そうに尋ねた。
駅でたむろしてる若者がわけのわからない踊りで盛り上がる。
『今どこ?もしかして外?』
「え?あ、うん…。」
チラッと視線を向けると
踊ってる集団と目が合ってしまった。
『危ねぇよ、女の子一人で!どこ居んの?』
受話器から聞こえたそうくんの言葉に
胸が高鳴った。
「えっと……Y駅の…」
ピーピー…
え――…
無情にも
画面に浮かぶ文字。
「嘘……。最悪…。」
″充電して下さい″
電池が切れた携帯電話ほど役に立たない物はない。
辺りを見渡すと
寂れた公衆電話が一つ。
だけどそうくんの番号は暗記していない。
いかにこの携帯電話に頼っていたか
よくわかった。
騒がしい集団を通り越して
あたしは走り出した。
大輔とよく歩いた道のりは
段々見慣れない景色へと変わる。
呼吸がうまく出来ない。
運動はおろか
走る事なんて体育の時くらいで
自分の体力の衰えに少しだけ悲しくなった。
そうくんに会いたい、それだけを思いながら
あたしはひたすら走る。
恋しい人は
きっと、あたしを見つけてくれる。
あたしは昔から
夜空に浮かぶ一番星を見つけるのが得意だった。
だからかな。
空を見上げるのは
あたしの中で習慣みたいになった。
そうくん。
あなたはまさに
あたしの一番星なの。
だから――…
「そうくんっ!!」
どこに居ても
あなたは輝いていて欲しい。
どんな曇り空でも
必ずあたしが見つけてみせるから。
「海音!」
バイクを停めて走って来るそうくんが
あたしの視界を滲ませた。
「よかった…。」
途切れる息が
そうくんの優しさを表してた。
あたしの
あたしだけの一番星。
見つけた。
「はい。」
「ありがとう…。」
温かい紅茶が
冷たくなったあたしの手のひらに感触を取り戻させる。
「落ち着いた?」
優しい波みたいな声。
あたしは小さく頷いた。
そうくんの姿を見つけたあたしは
道端に座り込んで泣いてしまった。
涙の理由は
あまりに多すぎてわからない。
悲しいとか
寂しいとか
そうゆうんじゃない。
嬉しい。
それもどこか違う気がする。
だけど……
誰かを想って
こんなにも泣いたのは初めてだった。
月明りがそうくんを蒼く染める。
その横顔に
呼吸すら出来ない程愛しくて
また少し
心が泣いた――…
「へっくしゅん!」
隣に座るそうくんが
あまりに古典的なくしゃみをした。
「ふふっ。」
「あ。今笑った?」
「だってそうくんが変なくしゃみするから。」
「焦って出て来たら上着忘れたんだよ!」
そう言って袖を丸めるそうくんは
すごく可愛いくてあたしの胸をまた
締め付ける。
「ありがとう。」
自分の首に巻いていたマフラーを
そっとそうくんの首に巻いた。
「いいよ!海音ちゃんが風邪ひくよ!」
「大丈夫。あたしマフラー本当は好きじゃないの。」
すっかり冷たくなった紅茶は
それでもすごく甘くて
あたしに安らぎを与えてくれる。
マフラーを嫌いだという理由を話したら
海音ちゃん変わってる。
そう笑われた。
こんなふうに
心から笑えたのはどのくらい振りだろう。
がんじがらめになった心は
笑う事すらあたしから奪っていたんだと
白く輝く月を見て気が付いた。
キィと揺れるブランコはあたしの耳に切なく響いて
絡まる糸を解くように
あたしの心を溶かしていく。
「″海音″って、いい名前だよね。」
突然口を開いたそうくんにあたしは視線を向けた。
「そう?」
何だか照れくさくてすぐに視線を地面に落とす。
「いい名前じゃん。海の音、俺大好き。」
それはまるで
告白のように聞こえて。
あたしは海の音を耳の奥で思い浮かべた。
「俺の漢字わかる?」
「…わかるよ。」
ブランコから立ち上がったそうくんは
満足気に微笑むと
まるで空を仰ぐように腕を上げて体を伸ばした。
「真の蒼。海の音。何だか似てる気がしない?」
「え…?」
背を向けたままのそうくんは
続けて口を開いた。
「ブルー。俺達の共通点。」
共通点……。
ブルー。
深い深いブルー。
それは
真の蒼さで響く海の音。
「そうくんって…ロマンチスト?」
「なーんだよ。せっかくいい事言ったのに!」
からかうように笑うあたしに
少しだけ拗ねたフリをするそうくん。
ねぇ。
あたしはまだ
綺麗な真の蒼さ
ブルーで居られてるかな?
ねぇ。
あたしはまだ
あなたを好きで居ても
いいのかな。