あたしは昔からマフラーが嫌いだった。


締め付けられてる感じがどうしても不愉快で
お母さんが懸命に選んでくれた可愛い柄のマフラーを
かたくなに拒んだ記憶がある。




だけど寒さには勝てなくて
結局この時期になると手に取ってしまう。


何故なら
あたしは極度の寒がりだからだ。





「もー12月だよ!どおしよお!」

「まだ11月じゃない。」


慌てる香苗を横目に
あたしは携帯をいじる。



「そうだけど!もうクリスマスまで一ヵ月切ってるんだよ?」


クラスのみんなは
目前に控えた期末テストで頭がいっぱいなのに

香苗の頭はクリスマス一色のようだ。




つくづく幸せな性格だと羨ましくなる。




そう
もうあれから一ヵ月が経とうとしていた。




そうくんに相談された次の日
香苗は嬉しそうに話してくれた。


『仲直りしたの!』と。




あたしはどこかで期待していた。

このまま二人の関係が崩れる事を。




でも人生そう甘くない。


二人は元の関係に戻ってしまったのだ。





あたしの心は
どこまで汚れて行くのだろうか。


これ以上
あたしを汚さないで欲しい。





「海音は?大輔くんとどこ行くの?」

「……まだ決めてない。」



香苗はいつも痛いところをついてくる。


でも女子高生の話題の中心は
8割以上、恋愛話だろう。

だから香苗の質問は
当たり前の事なのかもしれない。




大輔は今もずっと
あたしの事を好きでいてくれる。

それは痛い程よくわかっていた。



なのにあたしは
相も変わらず
してはいけない恋を追いかけていた。



「お台場混むかなぁ?」


「クリスマスは混むでしょ。あたしはまったり過ごしたいけどな。」


そんなあたしの回答に
海音は夢がない。そう言われた。




夢か……。



香苗の言葉に
心の中で呟いた。




夢なんて叶う訳ない。

だって夢は自分で掴む物だと思うから。




叶う。
そう思っているほど
夢は簡単に掴めないものだ。




あたしはまだ
その夢を掴めてはいない。






夢の途中を


あたしはただ一人彷徨ってる。





「海音、メールだよ。」

携帯のランプがチカチカと着信を知らせる。


香苗の言葉に
あたしは携帯を開いて少し冷や汗をかいた。

差出人は
そうくんだった。


FROM:柳 蒼真

かなり眠い。昨日電話しすぎたね。海音ちゃんも眠たいんじゃない?



絵文字もないシンプルなメール。

だけどあたしとそうくんを繋ぐ唯一の繋がり。



微かなあたしの希望だった。


「大輔くん?」

「え?あ、うん。そう。」


ニヤニヤしながら尋ねる香苗は
「いーなぁ。あたしもそうちゃんからメール来ないかな。」

と嫌味混りであたしに向かって笑った。



よかった。
画面見られなくて。


香苗は時たまあたしの携帯を勝手に開く。

今までは気にしていなかった。



見られて困るような事なんてなかったから。



だけど今は違う。

この携帯には
秘密が隠されている。

うかうか携帯を置いておく事も出来ない。




気を付けなくちゃ。



そしてあたしは手慣れた手つきでメールを打ち込んだ。



To:柳 蒼真

あたしは大丈夫だよ。そうくん授業中寝て先生に怒られないようにね。




他愛もないメール。


だけど幸せだった。




不思議と香苗に罪悪感はなくて
あたしは隠れてそうくんと連絡を取り合う。


好き。
その気持ちが増えていくにつれて
罪悪感も膨れて行くものだと思っていた。


だけどそれは違った。



好きが増えるほど
あたしは周りが見えなくなっていって


罪悪感。
そんな物すら感じる事が出来なくなってた。



もう後戻りなど出来ないところまで

あたしは歩いて来てしまったんだ。




夢の途中の

二つの別れ道に。





「さっきから何してんの?」


呼び掛けられた先に視線を上げると
不機嫌そうな大輔がベッドに横たわってた。



「ごめん。友達の相談乗ってて…。」

「ふぅん…。女?」

「……そうだよ?」

「…あそ。」



散らかる雑誌。
脱ぎ捨てられた制服。

黒いインテリアに包まれた大輔の部屋は
重たい空気が漂ってて息が詰まりそうになる。



学校帰り
久々に大輔と駅で待ち合わせた。

二週間振りの再会。


何度となくかわしてきた大輔の誘いを
さすがに今日は断れなかった。


28日。
今日はあたしと大輔の記念日なのだ。




本来、嬉しいはずなのに
こうも気持ちが落ちるなんて



かなり重症だな…。




目の前に居る恋人よりも


このメールの先に居るそうくんに

触れていたいんだもの。







沈黙の中
響くのはテレビの音と

あたしがメール打つ音だけ。



そんな時
画面を見つめる視界に影が出来て
あたしは顔をあげた。


柔らかい
大輔のぬくもりが
あたしの唇を包む。


懐かしくて
どことなく切ない
何度も感じた大輔のキス。




「海音…。」


あたしはいつの間にか
カーペットを背に
天井を見上げていた。



「俺の事…好き?」


上から見下ろす大輔の瞳は
不安の色が滲んでた。




あぁ……。
あたしはまた一つ


あなたに嘘をつかなくちゃいけない。





「…好きだよ。」


そう言った瞬間
被さった大輔の体重に
あたしは声を漏らした。




いくつもの優しいキスを落とす大輔。


あたしはあなたを





上手く愛せない。





人のぬくもりは
まるで子守歌のように人を癒す力がある。



それが例え
求めたぬくもりじゃなくても。







「あたし、帰るね。」

「泊まればいいじゃん。」


「そうゆう訳には行かないよ。明日も学校だし。」



ゆっくりとベッドから起き上がるあたしを
大輔が引き止める。


いつもの事。



なのに
この虚無感はどこから来るのだろう。




「また、電話するね。」

「そう言って掛けて来ねぇくせに。」


くしゃっと髪の毛を撫でる大輔に
あたしは作り笑いを返す。




駅まで送ると言う大輔に
あたしは逃げるように玄関を出た。



振り返らずに
ただ、逃げるように。







しばらく走ったあたしは
薄暗い街灯の下で足を止めた。




「何……泣いてんだ、あたし。」


揺れる視界が
心を濁らせてあたしはその場にしゃがみ込んだ。





あたしに
涙を流す権利なんてない。


だけど
涙は止まらなかった。




泣かないように
ずっと張り詰めてた糸は


プツンといとも簡単に切れて
あたしの涙腺を壊してくれた。


大輔が悪いんじゃない。



悪いのは明らかにあたしなんだ。


大輔の優しさに甘えて
手放す事すら出来なくて





結局あたしは何がしたいんだろう。



あんなにも愛してくれる恋人がいて

分かり合える親友もいる。




なのにあたしの恋は
その二人を裏切ってる。




そんなのが
恋だなんて言えるの?