まどろみの中
微かな日差しがあたし達二人を照らし出す。

長い沈黙が続いて
香苗はゆっくりと

そして小さな声で話し始めた。





「あたし、本当は知ってたの。ずっと…。」

「…知って…た…?」


その言葉に疑問だらけのあたしは
香苗の伏せた視線に次の言葉を待つ。


廊下から
子供のはしゃぎ声が聞こえた。




静まる病室は
ここだけがまるで
時間が止まってしまったように感じて。


長い長い静寂に
香苗の悲しい視線がぶつかった。




「海音がね、そうちゃんの事……。

好きだって知ってたの。」

「え………?」



知ってた……?
ずっと、あたしの気持ちを…?





ここ最近
色んな事がありすぎて

あたしの思考はすぐに混乱してしまう。




香苗のその言葉も
今のあたしにはさっぱり理解出来ない。





だけど香苗は言葉を繋いていく。


全ての絡まった糸を解いていくように。





「…確信はなかったの。

だけど……。」


香苗の瞳に
悲しみが揺れる。



「海音は知らないかもしれないけど…。

あたしがそうちゃんの話する度、海音いつも寂しそうだった。」



香苗の小さな声が紡いだ言葉は
真っ直ぐに響いて

あたしの心を貫いた。



「…嘘……。」

あたし……そんな顔してた…?


思考が止まった頭の中で
香苗とのやりとりが反芻してゆく。




「あたしは海音の親友だよ?

海音の考えてる事も
あたしなりにわかってるつもり。」


優しく笑う香苗に
再びあたしの目頭が熱くなって。



香苗の温かい手のひらが

あたしの凍った心を溶かしていった。







「ねぇ、海音?」


俯くあたしを
香苗が静かに呼ぶ。

顔を上げた先には
まるで天使のような香苗が笑ってて。





「あたし、そうちゃんが好き。
だけどそれ以上に、海音も大好きなの。」

「……香苗…。」



ぼやける視界に
香苗の言葉があたしの頬に一筋の涙をこぼした。




「……だから…。


二人には幸せになって欲しい。」


そう言って笑う香苗の瞳にも
涙が溢れていて。


もう
我慢出来なかった。



「香苗…っ!」


抱き合うあたし達に
鼓動が共鳴してゆく。



涙は一つの形になって
あたしと香苗を繋いでくれた。




「ごめんね……。裏切って…本当に……。

ごめんなさ…ぃ。」




再び繋がった気持ちに
胸がいっぱいで。



流した涙の先に
夏の太陽が笑ってた。




ありがとう。


香苗、大好きだよ。




あなたはあたしの


かけがえのない
『親友』です―――…







それから3日後
香苗は無事に退院した。


あたしは暇さえあれば
毎日のように香苗の病室に通って。



退院の日、大きな花束を渡したら
『ありがとう。』
そう言って香苗はうっすらと涙を浮かべた。


もらい泣きしたあたしに二人で

『何だかあたし達、涙脆くなっちゃったね。』
と笑い合った。







――――…



「おはよぉ!海音!」

「おはよ。香織。」


まだ少し暑さが残る9月の日差し。

長い夏休みは終わりを告げて
再び新学期が始まった。


久し振りの再会に
クラスのみんなは
夏休みの話に花を咲かせてる。


見慣れた教室。
窓の外の景色。



なのにそれすら寂しく感じるのは
あまりにも時間の経過が早すぎて
心が未来に追い付けないから。



卒業は、もう目の前まで迫っていた。







高校生活の終わりを間近に控えて

今更ながら時間を無駄に過ごして来たと後悔してしまう。



だけど―――…




ガラガラ…

教室の扉が開いて
あたしは笑顔を向けた。


「おはよう。」

そう声を掛けたあたしに

「おはよ。」
と笑う香苗。



「…嘘……香苗?」


香織達が目を丸くして驚いてる。



「おはよ、みんな久し振り。」

懐かしい香苗の制服姿。


「香苗~!!」


感きわまった雅美が
香苗に飛び付いて泣き出した。


そんな姿に
あたしと香苗に笑顔がこぼれる。





あたしがそうくんの事を好きだと知ってた。

そう告げてくれた香苗は
あの後あたしに
こう言ってくれたんだ。



「あたし、9月から学校行こうかな。」





ベッドの脇に飾ってある一輪の花が
風に揺れる。

その拍子に
香苗の髪の毛がふわりと舞った。




「……え?でも…。」

香苗の発言に言葉を詰まらせるあたし。


香苗は出席日数が足りない。
今、学校に来たところで留年はもう決定していて。
退学届けも既に受理されている。




そんなあたしに
寂しい瞳を向ける香苗は

「…知ってるよ。もう、あたしみんなと卒業出来ないんだよね。」
そう呟いて長い睫毛を伏せた。



「だけどね、あたし…。」


顔を上げた香苗の瞳には
力強い決意が見えて。


「あたし、みんなと卒業したい。海音とまた、学校行きたいな。」

だから浦吉に相談してみる。
と小さく微笑む香苗。




「香苗……。」


嬉しかった。

また、香苗とあの教室で笑い合って
学食の中華丼に並んで

他愛もない話で盛り上がる。



そんな二人に戻れたら。



何度も思ってたから。





「そうか……。」


久し振りに教室に戻って来た香苗は
クラスメートから熱い歓迎を受けて
涙を浮かべながら

今、あたしと二人
浦吉を訪ねた。


足を踏み入れた生徒指導室には
もう、煙草の匂いは消えていて。




「お願い、浦吉。

あたし、みんなとあと少しだけ一緒に居たいの。」


頭を下げて懇願する香苗に
あたしも口を開いた。


「みんな、香苗に戻って来て欲しいって思ってる。

だから―――…」




頭を下げて俯くあたし達に
浦吉は引き出しから封筒を取り出した。




「お前達、俺の事わかってねぇなぁ。」


そして笑いながら
香苗にその封筒を差し出す。



「これ……。」







「俺が校長に提出するはずねぇだろ。」


そう言ってあたし達の頭を叩いた浦吉に

「嘘………。」

とあたしと香苗の声が重なった。






それは
香苗の退学届けで。




「俺は田村が戻って来るって信じてた。」

「浦吉……。」



ポタリと退学届けに水滴が落ちて
視線を向けると香苗が泣いていた。


香苗―――…



あたしは静かに香苗の肩を抱き締める。


そんなあたし達に
浦吉は腕を組んで続けてこう告げた。



「その代わり。」


香苗と二人
浦吉を見上げる。




「一回でも遅刻したら即校長に渡すからな!」


悪戯っぽく笑う浦吉は
乱暴に
香苗の頭を撫でて。




「了解……っ!」


涙を流したまま
香苗は最高の笑顔でピースマークを作る。



「…浦吉……。」


「沖村も、ちゃんと卒業まで頑張れよ!」



そう言って笑う浦吉は
やっぱり
最高の教師だと思った。




ありがとう、浦吉。



あたし、浦吉の生徒で本当によかった。







ありがとう。





幸せだった。



また、香苗と二人で並んで
この教室で過ごせる。


今まで時間を無駄にして来た分
たくさんの思い出を刻みながら
一日一日を大切にしようと思った。






だけど―――…



「ねぇ、海音。」


香織達とバカ話で盛り上がっていたら
香苗が急に真剣な面持ちで尋ねて来た。




暑さはすっかり和らいで

木枯らしがカサカサと音を立てる。


「そうちゃん、まだ目覚まさないの?」



あたし達の制服も半袖から長袖に変わって。

「……うん…。」



世界が赤く染まる秋が来ても


そうくんはまだ、意識不明のままだった。



「そっか……。」





どんなに学校が楽しくても

あたしの心は
ポッカリと穴が開いたまま。




未だ暗闇から抜け出せないでいる。