どうしてだろう。
大輔との思い出の方がたくさんあるのに
あたしは
あんなに少ないそうくんとの思い出が忘れられなくて。
大輔の隣なら
あたしはきっと幸せだった。
だけどその幸せを手放してでも
そうくんの傍に居たかったんだ。
もう、二度と会えないのに。
どうしてあたしは
そうくんじゃなきゃダメなんだろう。
遠ざかる大輔の背中に
聞こえない程小さく呟いた。
「…ありがとう。」
ありがとう。
あなたに愛された日々は
きっと
これからもあたしを切なくさせるけど
それでも優しい思い出だから。
あたしはあなたを
絶対忘れない。
ありがとう、大輔。
そして次の日。
「ごめんね…。
ありがとう、好きになってくれて。」
真っ赤になって
告白をしてくれたクラスメートに
あたしはきちんと答えを告げた。
「……わかった。」
そう言って悲しそうに眉を下げる彼は
やっぱり
どことなく大輔に似てると思った。
「ん~っ!!」
空を仰ぐように腕を伸ばす。
「何か海音ご機嫌だね!」
「そぉ?」
香織の言葉にあたしは笑顔を向ける。
清々しい夏の太陽に
あたしは目を細めた。
頑張ろう。
どんなに今が辛くても
前を向いて歩いていかなきゃ。
大丈夫。
あたしは大丈夫。
思い切り深呼吸をして
あたしは一歩、足を踏み出した。
強くなろうと
心に決めて。
夏は本格的に暑さを増して
高校最後の夏休みが始まった。
通り過ぎる公園に
うるさいくらい蝉が鳴き続ける。
『それじゃ、また後でね!』
「うん、わかった。」
眩しい太陽を背にあたしは携帯を閉じた。
今日は香織と雅美、三人でプールに行く約束をしている。
「暑……。」
ただ歩いてるだけなのにじんわりと汗が浮かぶ程の太陽の光。
日焼け止め持ってくればよかったな…。
なんて今更後悔してしまう。
――あれから
時間だけは足早に過去って
あたしだけをあの日から遠ざけていく。
変わりゆく景色に
まだあの人に縛られたままのあたしは
ただ、目の前にある毎日を過ごしているだけ。
心は何も変わってなかった。
「海音、本当痩せたよねぇ。」
香織達と落合って
プールへと着いたあたし達。
着替えていたあたしに雅美が突然そんな事を言ってきた。
「だよね!元々痩せてるのにそれ以上痩せてどぉすんの?」
「あんま見ないでよ!恥ずかしいじゃん!」
雅美の言葉に香織が視線を向けて来て
あたしは咄嗟にタオルで体を隠す。
「あはは。今更何~。いいじゃん、羨ましいよ。」
そう言って香織はあたしの肩を叩く。
何だかんだ言っても
徐々に香織達と打ち解けてきたあたし。
前みたいに
二人と一緒に居てもつまらない。
なんて思わなくなった。
二人は中学も同じですごく仲が良い。
なのに必ず、こうしてあたしを誘ったりしてくれる。
素直に嬉しかった。
もうあの時のような
ひねくれたあたしはどこにも居なくて
得意だった作り笑いもしなくなって。
少しずつだけど
あたしは、前に歩き出していた。
「はぁ~っっ!超疲れたぁ~。」
夏の夕暮れに
雅美の声が響き渡る。
「でも楽しかったね!」
「うん、また行こうね!」
二人の言葉に
あたしも笑顔がこぼれる。
思う存分楽しんで日に焼けた肌が
あたし達三人の思い出として刻まれた。
「ねぇ、ご飯食べよ!海音時間ある?」
「うん、大丈夫。」
まだ少しだけ濡れた髪の毛を翻して
あたし達は街へとぶらつき始めた。
こうゆう時間を過ごしていると
自分達が受験生だという事も忘れてしまう。
こんなに楽しい日が続けば
あの出来事も
全て、いい思い出だったと思えるのかな。
そんな事を考えてたその時
香織の足がぴたりと止まった。
「ねぇ、あれ……。」
香織の言葉に
あたしと雅美も足を止める。
「何~どうしたの?」
雅美が香織の肩に飛び付いて覗き込んだ。
そしておもむろに香織が口を開いた。
「……あれ、香苗じゃない?」
え―――…?
ドクンと心臓が跳ねる。
香織が指を差した先には
「香苗……。」
確かに香苗が居た。
人込みに紛れ
見え隠れする懐かしい香苗の横顔。
そして―――…
「…隣、彼氏かな?」
「あたし、香苗の彼氏初めて見たかも。」
隣には
当たり前のようにそうくんが居て。
前から向かってくる二人に
あたしは一歩も動けなかった。
心が
痛い。
せっかく前に歩き出しても
打ち寄せる波のように
すぐに引き戻される。
どうして
あたしを手放してくれないの?
どうして―――…
「…音!海音ってば!」
「え、あ……。」
呆然とする視界に雅美があたしを覗き込んでた。
慌てて我に返ると
前に見えていた香苗とそうくんはもう居なくて。
「香苗、さっきあそこの門曲がったよ。」
「声、掛ければよかったね。」
「え~、邪魔しちゃ悪いでしょ!せっかくのデートなんだし。」
そんな会話を交わす二人を尻目に
あたしは安堵の溜め息を漏らした。
よかった……。
あのまま鉢合わせていたら
きっと、心が保たなかった。
二人の並んだ姿を
受け入れるなんて…。
今のあたしじゃ
絶対に無理だ。
夏の生温い風が
べたついた肌に髪の毛を絡みつかせる。
まるで
解けない糸のよう
あたしを縛りつけて離さない。
「行こ、海音!」
「……うん。」
それでも
あたしは、前に進まなくちゃいけない。
「どこで食べる?海音は何か食べたいのある?」
「…あたしは何でもいいよ。二人に任せる。」
進まなくちゃいけないんだ。
二人の並んだ姿が
頭の隅でちらついて。
だけどもう、泣いたりなんて出来なかった。
今が辛くても
きっと、いい事があるはず。
自分にそう言い聞かせて。
「じゃあ豪華に焼肉!」
「海音、それ豪華すぎぃ!」
夏の陽炎に
二人の姿を歪ませた。
夏の太陽が
ジリジリと地上を焦がしてゆく。
蝉の声が鳴き止んで
夏の終わりに
あなたの声を聞いた。
『海音。』
波よりも優しく
あたしに響く。
閉じた瞼に
浮かぶあなたの笑顔。
どうか消えないで。
ずっと、あたしに焼き付けて。
――――……
「海音、今日お母さん遅くなるから。」
「わかった。行ってらっしゃい。」
遠ざかるお母さんの背中に
小さく手を振った。
リビンクに響くテレビのアナウンサーは
『今年の夏は記録的猛暑だ』と騒ぎ立てる。
家に自分一人なのをいい事に
あたしは大きな溜め息をついた。
「…昼寝でもしよっかなぁ。」