こうやって
あたしは二人に合せながら作り笑いを返す。
つまらない。
そう思っていても顔には出さないように一生懸命だった。
おかげで
クラスから浮く事もなくあたしは普通の高校生を過ごしてる。
だけどあたしの憂鬱は
日に日に増していく一方で。
受験生という立場から
ピリピリとしたクラスのこの雰囲気も
あたしにはただ、うざったいだけだった。
もう、全てに嫌気がさしていたんだ。
バカみたいに
受験、受験と繰り返す教師にも
人の心の隙間を探ろうとする友達にも
あたしは限界だった。
「じゃーね、海音!」
「うん、バイバイ。」
手を振る香織と雅美に
あたしは小さく手を振り返す。
外はまだ
雨が降り続いている。
空を見上げて
溜め息をついた。
「あーぁ。雨止まないなぁ。」
ここ最近ずっと雨。
だけど天気予報は
まだ梅雨入りだとは発表してなくて。
これのどこが梅雨じゃないと言うのだろうか。
『携帯買わないの?』
ふいに香織の言葉を思い出した。
「携帯か…。」
ポツリと呟いて
濡れた地面に足を踏み出した。
パシャンと水溜まりが音を立てる。
正直、携帯を持たない生活は
今のあたしにはすごく楽だった。
あんな小さな機械で
人と人は繋がりを持つ。
そんなの、どう考えてもおかしい。
あんな物を持つから
人はバカな疑いの心を抱くのだ。
香苗が
そうくんを疑ったように。
結局人はただ、寂しいんだ。
人と繋がる事で
繋がっていると思う事で
ささやかな安心を得る。
離れていても大丈夫。
話したい事があるなら携帯のボタン一つで繋がる事が出来る。
そうする事で
少しでも寂しさが埋まったと思い込むんだ。
だったら昔の人は
どうやってその寂しさを埋めていたのだろう。
あんな小さな機械で繋がってる現代の恋人達よりも
『絆』は昔の恋人達の方が
断然、強いんじゃないかな。
こんな物があるから
人は寂しくなる。
便利が増えて行く程
人は何か大切な物を失う気がした。
だけど
あたしも現代の一人だ。
携帯がないと
色んな事が不便だと感じたりする。
結局あたしも
機械に頼らざる得ない現代人。
見上げた空に
あたしの憂鬱が
また一つ、降り注いだ。
騒がしい街並み。
眩しい程きらびやかな夜のネオン。
学校の帰り
あたしはただ宛もなく街をぶらついていた。
雨はしつこいくらいにあたしにまとわりつく。
雨の中
意味もなく歩くあたしのローファーは
もうすでに靴の役目は果たしていなかった。
何だか傘を差すのもバカらしくなってくる。
空っぽの心に
シトシトと雨が染みを広げてく。
寂しさが
あたしの心を支配して。
点滅する信号がぼやけ霞んでた。
あたしは一人ぼっち。
恋人も親友も
大好きな人も
自分の手で失ってしまった。
今、あたしに
失う物は何もない。
「何か……疲れちゃったな…。」
霞む景色に
途切れる事なく流れる車の列。
あたしはゆっくりと
赤信号の横断歩道に足を踏み出した。
このまま
死んだって構わない。
本気でそう思った。
今のあたしを
誰が必要としてるのだろうか。
傘を持つ手がぶらんと力を失う。
顔に当たる雨は
痛い程にあたしを打ち付けた。
水溜まりに
足が取られる。
車のライトがあたしの目の前を通り過ぎた。
『海音が好きなんだ――…』
そうくんの声がする。
好きだった。
本当に
本当に大好きで。
…どうしようもなかったの。
欲しくて欲しくて
あの残酷な程
優しい腕で
力強く、抱き締めてもらいたかったんだ。
一筋の涙が頬を伝った。
光が世界を包んで
耳を引き裂くような車のクラクション。
さようなら。
本当に
大好きでした――…
夜の闇に消える涙。
降りしきる雨に打たれて
一人ぼっちのこの夜に
溶けてしまいたいの。
あの人を想って。
「海音っっ!!」
車のブレーキ音。
跳ね上がる水飛沫。
そして
重なり合う鼓動―――…
温かいぬくもりがあたしを包んでた。
記憶の隅に残る残像。
「……そう…くん…?」
雨に濡れた肩が微かに震えてる。
「…何…してんだよ…。」
掠れた声は
雨に濡れた体に心地よく響いて。
「何してんだよっ!!」
それと同時に
強まる腕の力。
抱き締めて欲しかった。
ずっと
その腕の中へ
何も考えずに
飛び込んでいけたらと。
「海音……っ。」
そう、あなたのその声で
ただ、抱き締めてもらいたかった。
空っぽの心。
それは
あなたを失う事。
あたしの恋は
決して開いてはいけないパンドラの箱。
開いた先に
あたしが望むのは
ただ、一つだけ。
あなたからの
永遠の誓い。
小指を絡めて交わす約束は
きっとすぐに忘れてしまうから。
忘れないような
消えてしまわないような
あなたからの誓いを
どうかあたしに。
これが最後でも
きっと後悔なんてしないから。
だって
この空っぽの心を埋めるのは
世界にあなた
ただ一人。
「温ったまった?」
「……うん…。」
あたしの返事に
そうくんは微笑んで
「俺も入って来るね。」
と浴室へと消えた。
しばらくして聞こえて来るシャワーの流れる音。
「……はぁ…。」
深い溜め息に
あたしは小さなソファへと腰を降ろした。
濡れたままの制服が
ハンガーに掛けられて床に水滴を落としてる。
窓の外には
輝くイルミネーション。
あれから
あたし達は道路の脇で
しばらく抱き合ったままだった。
そうくんの腕で引き戻されたこの現実に
自分の行動の愚かさにあたしは涙が止まらなかった。
死にたい。
死んでしまいたいと
そう思ったのは嘘じゃない。
だけど
そうくんの温もりが優しすぎて。
あたしは自分のしようとしてた事に
急に恐くなってしまったんだ。
古びた壁に
染みの出来た天井。
無駄に大きいベッドは
異常な程にきちんとされていて。
『風邪、ひくから。』
そうくんに手を引かれ
あたし達はこのホテルの門をくぐった。
びしょ濡れで制服姿のあたし達。
一瞬だけ戸惑ったけど
手を離したくなくて。
そうくんと一緒に居られるのなら
あたし達を隠してくれる場所なら
もうどこでもよかったんだ。
窓辺に立ち
騒がしい街のネオンに視線を落とす。
髪の毛からたれる雫があたしの肌を伝ってゆく。
「風邪ひくってば。」
ふいに聞こえた声に振り返ると
バスタオルで頭をふきながら後ろにそうくんが立っていた。
「髪の毛、乾かしな。」
「……うん。」
どこかぎこちない会話は
きっとお互いに
後ろめたさがあるから。