どうしてこんな事になっちゃったんだろう。
あたしがいけないのに
何故、傷つかなきゃいけない人が居るのだろう。
あたしはただ、そうくんを好きになっただけだったのに。
熱くなる目頭に
唇を噛み締める。
「沖村。」
その刹那、浦吉があたしを呼んで
続けてこう告げた。
「田村、退学届け出しに来たんだ。」
え―――…?
「…嘘…。」
「こんな時に嘘なんかつかねぇよ。」
はぁ。と溜め息をついた浦吉は
腕を組んで床に視線を向ける。
「それで!?もしかして受け取ったの!?」
机に身を乗り出したあたしに
立ち上がった浦吉は背中を向けて呟いた。
「受け取るはずないだろう。
俺はお前達の担任として卒業までちゃんと送り出したい。」
だからもう一度
よく考えて、それでも辞めたいなら仕方ない。
そう香苗に言ったんだと話す浦吉。
浦吉の背中に
教師としての責任が垣間見えた気がした。
「まぁ、田村の事は俺から話してみるから。お前は気にせず学校に来い。な?」
「……わかった。」
浦吉に背中を押されて
あたしは生徒指導室をあとにする。
それでもやっぱり
心のつっかえは消えなくて。
あたしがどうにか出来る訳じゃないのに
意味もなく考えてしまうんだ。
香苗の隣には
そうくんが居る。
そう考えただけで
心が潰れてしまいそうだった。
救いの手を
誰かに求めずにはいられなくて。
だけどあたしは立ち止まったまま
やっぱりあの人に心が揺れていた。
雨が降る。
まるで
全ての出来事を
洗い流すかのように。
静かな雨音に耳を澄ませて
考えるのはやっぱりあなたの事で。
雨に濡れて光る紫陽花も
雨が上がって空に浮かぶ輝く虹も
見上げた時に
あなたが隣にいたら。
優しく笑う
あなたが傍にいたら
あたしはもう
何もいらないから。
だからもし
あなたが許してくれるならば。
雨が止んで
蒼い空が見えた時。
輝く空の下で
あなたに会いたい。
あなたに、会いたい。
黒板にチョークを走らせる音。
それに合わせて
クラスメートの持つシャーペンが動いてる。
外には冷たい雨。
あたしは
ぼんやりと窓の外を眺めていた。
「よし、ここは試験に出るからな~。」
先生が赤いチョークで黒板を叩く。
それは一応
マーカーでチェックをしておいたあたし。
あれから
何事もなかったかのように時間は流れ
季節はもうすぐ
梅雨に差し掛かろうとしていた。
「ね、海音。携帯買わないの?」
授業が終わり
待ちに待った昼休み。
香織がパンを頬張り
お茶をストローで飲みながら
あたしに尋ねてきた。
ストローでお茶っておかしいな。
なんて思いながら
「ん~。別に必要ないかなって。」
とあたしは答えた。
香苗は相変わらず
学校には顔を見せなかった。
浦吉は毎日のように
香苗の自宅まで通っているみたいだけど
香苗は話す気はないとの一点張りらしい。
香苗が居なくなったあたしは今
違和感を感じながらも
香織と雅美に混って行動を共にしていた。
「え~、でもなきゃ困るでしょ!」
「そうだよ、彼氏出来たらどぉするの?」
二人はきゃっきゃと盛り上がる。
あたしには何が楽しいのかわからない。
大体、あたしが携帯を持たなきゃいけない理由が二人にあるのか?
全く理解不能。
「ん~、まぁそのうち買うよ。今は金欠だし。」
早くその話から抜け出したくて
あたしは適当に返事を投げ返す。
本当に
つまらない毎日だ。
こうやって
あたしは二人に合せながら作り笑いを返す。
つまらない。
そう思っていても顔には出さないように一生懸命だった。
おかげで
クラスから浮く事もなくあたしは普通の高校生を過ごしてる。
だけどあたしの憂鬱は
日に日に増していく一方で。
受験生という立場から
ピリピリとしたクラスのこの雰囲気も
あたしにはただ、うざったいだけだった。
もう、全てに嫌気がさしていたんだ。
バカみたいに
受験、受験と繰り返す教師にも
人の心の隙間を探ろうとする友達にも
あたしは限界だった。
「じゃーね、海音!」
「うん、バイバイ。」
手を振る香織と雅美に
あたしは小さく手を振り返す。
外はまだ
雨が降り続いている。
空を見上げて
溜め息をついた。
「あーぁ。雨止まないなぁ。」
ここ最近ずっと雨。
だけど天気予報は
まだ梅雨入りだとは発表してなくて。
これのどこが梅雨じゃないと言うのだろうか。
『携帯買わないの?』
ふいに香織の言葉を思い出した。
「携帯か…。」
ポツリと呟いて
濡れた地面に足を踏み出した。
パシャンと水溜まりが音を立てる。
正直、携帯を持たない生活は
今のあたしにはすごく楽だった。
あんな小さな機械で
人と人は繋がりを持つ。
そんなの、どう考えてもおかしい。
あんな物を持つから
人はバカな疑いの心を抱くのだ。
香苗が
そうくんを疑ったように。
結局人はただ、寂しいんだ。
人と繋がる事で
繋がっていると思う事で
ささやかな安心を得る。
離れていても大丈夫。
話したい事があるなら携帯のボタン一つで繋がる事が出来る。
そうする事で
少しでも寂しさが埋まったと思い込むんだ。
だったら昔の人は
どうやってその寂しさを埋めていたのだろう。
あんな小さな機械で繋がってる現代の恋人達よりも
『絆』は昔の恋人達の方が
断然、強いんじゃないかな。
こんな物があるから
人は寂しくなる。
便利が増えて行く程
人は何か大切な物を失う気がした。
だけど
あたしも現代の一人だ。
携帯がないと
色んな事が不便だと感じたりする。
結局あたしも
機械に頼らざる得ない現代人。
見上げた空に
あたしの憂鬱が
また一つ、降り注いだ。
騒がしい街並み。
眩しい程きらびやかな夜のネオン。
学校の帰り
あたしはただ宛もなく街をぶらついていた。
雨はしつこいくらいにあたしにまとわりつく。
雨の中
意味もなく歩くあたしのローファーは
もうすでに靴の役目は果たしていなかった。
何だか傘を差すのもバカらしくなってくる。
空っぽの心に
シトシトと雨が染みを広げてく。
寂しさが
あたしの心を支配して。
点滅する信号がぼやけ霞んでた。
あたしは一人ぼっち。
恋人も親友も
大好きな人も
自分の手で失ってしまった。
今、あたしに
失う物は何もない。
「何か……疲れちゃったな…。」
霞む景色に
途切れる事なく流れる車の列。
あたしはゆっくりと
赤信号の横断歩道に足を踏み出した。