「階段から落ちたのはあたしのせいじゃない。そう言いたかったんでしょ?」


「香苗……。」



消えかけた電灯がパチパチと音を立てる。





「だから、あたし悪いなんて思ってない。足を滑らせたのは海音。

そうでしょ?」




確かに、香苗の言葉に間違いはない。


だけど………。




「…香苗、どうしちゃったの…?」


それはまるであたしの知ってる香苗じゃなくて

「……やっぱり…怒ってる…の…?」


途切れる意識を懸命に言葉にぶつけた。





「怒ってる?」


香苗があたしに視線を向ける。




「当たり前じゃない。階段から落ちたくらいで被害者ぶらないでよ。」

「…っ違う!あたしそんな事…!」

「何が違うの?これ見よがしに会いに来て。」





怖かった。


香苗の言葉一つ一つがあたしの胸を貫いて行く。





「体の傷はすぐに治る。だけど心の傷はもう治らない。」


香苗はあたしの前に座り込んで言った。




「でも感謝してるよ。おかけでそうちゃんがまた傍に居てくれるの。」


嬉しそうに微笑む香苗が月明りに浮かんだ。



「あんたなんかに…。」



立ち上がった香苗が歩き出し
振り返った。




「あんたみたいな裏切り者にそうちゃんは渡さない。」


「……香苗…。」


「体、お大事に。」




そう言って香苗が暗闇に溶けて行く。


追い掛けようにも
体が鉛のように重たくて
あたしはベンチに倒れ込んだ。





『裏切り者』


香苗の言葉が
あたしの脳裏に焼き付いて離れない。




「…っどうして…。」


涙が止まらなかった。






許されるはずなんてなかった。




あたしは
全てを失ってしまったんだ。





「……っ!」




香苗の言葉全てが
あたしをどん底へと突き落とす。





親友の彼氏を好きになった代償。


それは
あたしの全てを失う事。





これが、最低なあたしへの
神様からの罰。






わかってたはずなのに


少し期待してたのかもしれない。






優しくて可愛い香苗。

人一倍周りを気にして
弱い自分を隠して明るく振る舞う。





自惚れてたんだ。


どこかで
きっと許してくれるんじゃないかと。






そんなはずないのに。





あたしは
何一つ伝え切れずに




恋人、好きな人。


そして親友を失ってしまった。











――あれから一週間が過ぎた。



「ほら、明日から学校でしょ。制服出しておきなさいよ。」

「……行きたくない。」


ポツリと呟いたあたしの言葉は
お母さんの耳には届かなかったようだ。






無事に退院したあたしは久々に自宅へと戻った。



お母さんが忙しく片付けをする。
あたしはソファに腰を掛けてテレビを付けた。



「携帯、買わなきゃね。もう使えないし。」

あの日。
病院の裏庭で落としたまま雨にさらされたあたしの携帯電話。


見つけた時にはすでに遅くて
電源の付かない画面はもう明りを灯さない。



「……別にいらないよ携帯なんて。」

「何よ、常に持ち歩いてたくせに。」


変な子ね。と溜め息を漏らすお母さん。




そう、今のあたしに携帯なんて必要ない。



持つだけ無駄だ。



「本当、いらないから。必要なら自分で買う。」


そう言い残して
あたしはリビンクを出て部屋へと戻った。





倒れるようにベッドへと体を預ける。




明日なんか、来なければいいのに。


香苗はもう
あたしに笑い掛けてはくれない。
ならばあたしは何の為に学校へ行けばいいのだろう。



自分の為。
そんな事行ったら、浦吉にそう言われるだろうな。



「はぁ……。」


チクリと痛む胸が
あれからずっと続いてる。





目を閉じると
急激な睡魔に襲われて
あたしは布団の中へと潜り込んだ。




寝よう。
考えてもこの現実は何も変わらない。


香苗にあたしの声は届かない。




そうくんは
もうあたしを映してくれない。








―――…




「おはよ~。」

「おはよう!ねぇ、昨日テレビ見たぁ?」



様々な会話が飛び交う教室。


久し振りの学校は相変わらず騒がしく、明るくて
何だか戸惑ってしまう。




ガラガラ…と扉を開けると
先程までの騒がしさが消え、ふいにあたしに注がれた視線。




「…あ、おはよ……。」


ポツリと呟くと
香織と雅美があたしの元へと走り寄って来た。



「ちょっと来て。」


あたしは腕を引っ張られるままに雅美達の後を追う。





「……どうしたの、二人とも…。」


階段の踊り場に
二人が顔を合わせる。



嫌な、予感がした。




そして香織が口を開く。




「ねぇ、嘘かもしれないけど…聞いていい?」




辺りを気にしながらも
香織が話を始めた。


「言いにくいんだけどさ…。


…海音が香苗の彼氏寝取って、妊娠したって…。」


…え?

「そんな噂……。」


戸惑いを隠せないあたしに雅美が
「噂だからさ、わかんないけど香苗もずっと休んでるし…。」

そう言って香織と顔を見合わせる。



「香苗、学校来てないの!?」

「…うん…。先週の月曜日からだったかな…。」


先週の月曜日…。
あたしがそうくんと
一緒に居たのを見られた次の日だ。




「海音も来なかったから噂もどんどん広まってっちゃって…。」

「でもやっぱ具合悪いだけだったんだね!こうして登校してるし!」



雅美と香織は安心したようにあたしに笑い掛ける。



「噂なんか気にしな……海音!?」


話の途中
あたしは二人を残して階段を掛け降りた。





人間って怖い。


真実の中に嘘を織り交ぜて
あたかもそれが真実であるかのように噂を広めてく。


そして人はみんな騙されていくんだ。




ありもしない
嘘の作り話に。






階段を降りて
あたしは一目散に昇降口を目指す。


ただ一つの思いを抱えながら。





走る先に
昇降口が見えた。


その時―――…




ドンッ!!!

「きゃ…っ!」



突然開いた扉に
出て来た人とぶつかってしまった。



「いたた…。」

思いっ切りぶつかったあたしは
鼻を押さえながら恐る恐る顔を上げた。




「沖村。お前、学校来たのか。」

「…浦吉!!」


それは、相も変わらずジャージ姿の浦吉だった。






「浦吉!!」


あたしは浦吉にすがりつくように
食いかかった。




まるで
救いの手を求めるかのように―――…




「香苗が学校来てないって本当なの!?」

「お前、それ…。」

「…さっき香織達が…。」



俯くあたしに
浦吉が腕を引いた。

そしてあたしを生徒指導室へと招き入れる。




「やっぱりお前ら、何かあったんだな?」

「…え…?」



浦吉はあれからあたしを気にして何度かうちを訪ねていたらしい。

だけど留守が多く
あたしだけじゃなく、家族にすら会えなかったと話してくれた。




あたしが入院してからの自宅はずっと留守がちだった。

お父さんは遅くまで仕事だし
妹は部活で帰りもまちまち。


お母さんに至っては
あたしに付きっきりで看護してくれていた。


浦吉が訪ねても会えないのは
当たり前だろう。