『…もしもし。』
え―――…?
ザァっと風が荒れる。
その拍子に髪の毛が顔に巻き付く。
「……どうして…。」
奏でるように優しい声。
聞き覚えのあるその声にあたしの頭が真っ白になった。
『……そうちゃん…?誰…?』
『…間違えみたい。香苗は寝てろよ。』
受話器の向こうから聞こえる話し声。
プー…プー…
そして途切れた会話に
無情にも響く冷たい終話音。
するりと手から離れた携帯電話が
ベンチで跳ねて芝生に落ちる。
さっきまで遠くにいた灰色の雲が
あたしの頭上高く広がり
小さな雨粒をこぼしていく。
足早に院内へと戻る患者達が
視界の端に見えた。
『香苗は寝てろよ。』
あれは間違なく
そうくんの声だった。